旅行・地域

May 09, 2008

ハーメルン(ハメルン)

(ドイツ人と話すとハーメルンよりハメルンと言う人が多い。)

4月19日はベーンドと奥さんのリサが一緒にハメルンを案内してもらった。

途中、ベーンドと私が仕事の話に夢中となり、時速180kmで走っているにも係わらずベーンドは両手をハンドルから離して話にのめり込んでリサと私の女房がヤメテと頼む。

“ハメルンの笛吹き男”は皆さんご存知のグリム兄弟の本で知っていますよね。

結構大きな町であるがその中心部は旧市街として復元、保存されている。

昔、お客さんを案内してここに来たが、今回はベーンドと一緒にほぼ半日かけて町を見る事ができた。

まず、昼食を食べようと入ったレストランはドイツ語直訳で“鼠捕男亭”という。 ここでベーンドがホワイトアスパラはどうか、と。

今丁度シーズンが始まった所である。  ベーンドもオランダの会社に居た時はアスパラガス畑のど真ん中の町にいたから敏感なのだ。

まだ少し細いが久しぶりの味を堪能した。 生ハムと茹でじゃがいもの一番オーソドックスな定食です。

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古い家、商家の佇まいを見るとこの町は裕福な町であった事がわかる。

旧市街地の中心の教会の壁にはカリオンが多数配列され時間になると扉が開いて人形が童話の劇をする。

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日本とドイツ:

*この童話はグリム童話として日本人は(特にシニアの)殆んどが知っている。

“鼠捕男亭”にはハメルンに関する日本語の案内が置いてある。 ドイツ語の案内パンフは当然あるが、英語は無い。 つまりここを観光ルートに含めるのは日本人が多いという事。 多分、一般的にはドイツ人より日本人のほうがこの話は良く知っている。

    ローレライの唄も昔、ベーンドの奥さんに日本語でローレライを歌ってあげたら目を丸くして、何故日本人がと。

ライン下りでローレライの岩に関心を持つのも日本人が一番でした。

その影響でドイツ人も改めて関心を持ち、またハイネの詩によるローレライの唄を船内放送で説明して唄を流す。

多くのシニア(私を含め)日本人たちはこの唄が流れると感情が高ぶる。 なぜなら小さい頃に歌い覚えた曲で懐かしいのです。 ドイツ人より日本人のほうがはるかに良く知っており歌えるのです。

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April 25, 2008

凱旋門

Trium_1_800 Photo 13日は午後に城へ移動するので午前中は凱旋門をゆっくり見学。

御存知のように凱旋門はロータリーの真ん中にある。 地上を横切っては辿りつきません。 で、地下に入ると地下鉄で反対側に出てしまった。 つまり地下鉄通路と凱旋門は繫がっていないのです。

漸くたどり着くとまだ開門には1時間ほど有るので、シャンゼリゼ通りに戻りコーヒーを飲む。

御存知ですか!  凱旋門にはエレベーター等有りません。 円階段を自分の足で登るのです。 (だから時間がかかりパックの観光客は登らない?)

景色はいいですね。 グルット廻るとパリが全部見える。

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April 23, 2008

シャンゼリゼの夕食

娘が結婚式をフランスですると聞いた時、そんな馬鹿な事をするなと私は反対した。

しかし、説き伏せるエネルギーや、その為に来る気まずさから消極的な気分でパリに来た。

その夜、土曜日で午後8時過ぎ、ヤバイと思いホテルのフロントのマドモアゼルに聞くと、難しいと思うが電話しくれて見ると彼女の顔が笑顔になった。 9時で取れたと。

凱旋門とエリゼ宮のほぼ中間にあるそのレストランはアルザス地方の名物料理が得意なようだ。 

隣の二人の老婦人に何がお薦めか聞く。 フランス語しか話さないがちゃんと教えてくれ、ワインまでアルザスのこのワインが良いと。

豚肉は見た目よりもあっさり目だから食べてしまった。

隣の老婦人の一人、60歳位か、が立ち上がりさよならを言った。

もう一人の70歳位の老婦人が、手まねで、あの人は車を取りにいった、と。

エー! ワイン飲んで居たのにと言うと少ないから大丈夫と言ってさよならをして出て行った。

これはフランス流ですね。

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March 21, 2007

層雲峡へ

312日午後の網走から層雲峡への道は時々吹雪。

途中で北海道キツネ村と言うキツネを放し飼いしている場所で休憩をとる。

キツネは何種類かおり人に慣らされて餌を与えられ太っており野性の精悍さが無い。

かわそうですね。

この稲荷に祭られたキツネの剥製は異様ですね。

Fox Inari

層雲峡のホテルに着いて夕食後、ホテルに近いのだが氷瀑祭りの会場へシャットルバスで向かう。

渓谷を吹き上げる猛烈な強風が雪を巻き上げ地吹雪となって襲ってくる。

風上に背を向けてしか歩けない。

多少雪山の経験のある私も一瞬怯む程の強風と地吹雪、台湾からきた人達は恐かったろうな。 一緒に行った人達の中にも地吹雪に恐れをなして行かなかった人達もいる。

魚網に水を吹き付け凍らせて出来た氷の造形物が照明で浮かび出されている。

この祭りはボランタリーで実行しているようで100円を入り口で寄付する。

この人間が自然の力を借りて作った造形物と自然の牙のような地吹雪の組み合わせに私は魅せられた。

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March 19, 2007

流氷はるか

摩周湖を出てバスは一路網走へ。

オホーツク海沿いに出たバスは西を目指し右背後に知床半島が雲の合間に見える。

とこが2-3日前から気候が急変し強風で流氷が沖に流され網走到着時は流氷無し!

今回のツアーの目玉がダメになってしまった。

残念。

Ryuhyo_nashi

で、網走番外地は?

網走の市内を走り左手に永専寺がありその門が旧網走監獄の正門で番外地から移設したと言う。  そして今度は右側に現網走監獄が見える。 入獄者が多く現在は約1000名というがなんと新たに新築が始まっていた。

“はるーかーー、はるか彼方はオホーツクー、、”

網走番外地の歌が頭の中に響く。

Bangaichi_gate Abashiri_now

砕氷船に乗れなかったので流氷博物館を見学。

流氷は何故出来るか、の説明で黒竜江の淡水がオホーツク海の海水の上に乗り二重構造で流氷が出来る。

Closed_sea

流氷のかけらを持ち帰り水割りを飲もうと話していたが岸に打ち上げられた氷は汚く止めた。 そして上記の説明を聞くと確か黒竜江上流で中国の化学工場が炎上したおり大量のケミカル、名前は忘れたが劇薬系が黒竜江に流れ込んだからそれが流氷に入っているとも知れぬ。

ここで初めてクリオネの泳ぐ姿を見たので動画を。

「yousei_3.wmv」をダウンロード

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摩周湖

312日、ホテル出発は7時半。

845分頃に摩周湖に到着。

不安定な天気にも拘わらず摩周湖全体がくっきりと見える!

翌日旭川でJR特急に乗って隣の女性と話したが彼女は

“摩周湖の全体を若い女性は見ると婚期が遅れる”と言われています。

ヘー。

摩周湖はその全体を現すのは稀なようですから幸運でした。

それで苦労して6枚の写真を並べて摩周湖全周のパノラマをつくって見ました。

画質は落ちますが全体の雰囲気を見て頂ければ幸いです。

Mashu_total

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March 17, 2007

旭山動物園

(順序が阿寒と入れ違ってしまいました)

3月11日、380kmの行程が始まった。

ほぼ中間点の旭川で動物園見学。 

非常に人気だから朝からバスが続々到着する。  9時半開園が9時20分となる。

従来であれば絶対にこんな対応はしないだろう。

この動物園は見学者の状況を見て柔軟に対応している。

先ずはアザラシの回遊を見る。 見事に円柱を通り抜けて伸び伸びと泳ぐ姿は素晴らしい。

アムールトラの精悍な姿を小さな窓を通して接近して見える、この仕掛けが重要だと思いますね。 もっと身近に見たいと言う希望に答えた故の人気。

Amure_tra_1 Amure_tra_2

 

この動物園を見るとキーは見る人の気持ちと動物の気持ちを両立させている事。 

裏返せば今までの動物園は、見る人の希望や動物の気持ちを考えて居なかったと言う事。

もう一つは、係員が各所に配置され簡単な説明で気安く答えてくれる。

11時30分過ぎにペンギン館の水中トンネルを通ったがペンギンの泳ぐ姿は全く見えず、係員に何故と聞いた。

“どのような理由か未だに解明されていないが、11時頃から13時頃までの2時間、ペンギンたちは水から上がってしまう。 大型のキングペンギンも小型のイワトビペンギンも関係無く、この2時間は毎日泳がない”

古い建物を改造し全体としては古色が目立つが見学者はそんな事を全く問題視しておらず、この動物園の展示、運営方法を堪能している。 建物よりも中身の価値を訪問者は確りと見ているのだと感じた。

アザラシのムービーを添付しました。

「azarashi_asshuku.wmv」をダウンロード

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阿寒

3月11日の夜は阿寒湖畔に宿泊。

会食後、ホテルから坂を下って湖畔の花火を見に行く。

しかし当夜マイナス7度Cで道は完全に凍ってツルツル。 靴に簡易の滑り止めを付けて歩く。

湖上を歩いて会場に。

Akanko_minus_7_deg_1

花火はあまり大きくないが澄み切った空に開くと色が綺麗です。

かえりに木彫りの土産店に立ち寄った。 特に何を買う予定もなかったが飾ってあったコロポックルの木彫に眼が止まり気にいってしまい手頃な値段で購入。

ふと見ると木の額に“南方熊楠”と彫りこんである。

主人に聞くと、南方の偉大さを知り大のお気に入りで話が合う。

彼はこの阿寒で南方を知っているのは私くらいかな、と。

南方談義をして別れた。Korobokkuru

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旅 北海道

3月10日

関空発、千歳空港着でこの日は札幌のビアホールでジンギスカンと蟹食べ放題。

Ikkai_rest Tabohoudai

3月11日

ホテルを7時出発で旭川動物園を見学して層雲峡経由阿寒湖までバス走行距離約380km。 夜、阿寒湖の花火大会。

途中で野生のオオジロワシとエゾシカを車窓から撮影。

Ohjirowashi Ezoshika

3月12日

7時出発で摩周湖経由で網走へ。 残念ながら流氷は無く砕氷船には乗れず。

宿は層雲峡で夕食後に地吹雪の氷瀑祭り。 この日のバス走行距離約300km。

3月13日

7時ホテル出発するも高速道路は吹雪で閉鎖。 旭川でJRの特急に飛び乗り千歳空港へ。

H社の企画で一人39,000円!

参加者の9割はシニア世代。 それでいてこの移動距離にも拘わらず全員元気で回れた。

H社の企画はこれで3回目。

何れもバス移動が多い。

なぜ参加するか?

私は日本人。 短期間に色々見たい。 温泉に入りたい。 旨い物食べたい。 安く行きたい。

ウーンと。 ほぼ同じルートを台湾の観光客大勢と一緒に移動していた。 

日本人だけでは無いのだ。

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April 05, 2006

ヤマト

4月2日、当初は予定していなかったヤマトを観る。

もちろん、いま話題の「男たちの大和」ロケに使った前半分実物大の大きなセットです。

当然だとは思いましたが、艦体を触ると木製でした。 その塗装技術は見事でいくら近くにいっても鋼鉄に見える。

甲板を歩いて艦首まで行くとさすがにその大きさを実感する。

Yamato_head Yamato

それと同時に何故こんな大きなものを作ってしまったのか?

軍拡時代の当時、大きい事は良かったのか?

大和が完成したから戦場に出航しなくてはいけなかったのか?

出港したら米空軍機の餌食となる事は解っていたのに。

つまり、最早不要と解っていながら作る広大なダム(一度、岐阜の徳山ダムの建設現場近くを通ったが、その大きさはヤマトの大きさ等比較も出来ないくらい大きい)を作り続ける国土省(所謂、官僚)のように現代も“解っちゃいるけど止められない”が継続している訳ですね。

当初3月31日までの予定を延長して5月7日まで展示公開するようで、既に数十万(7-80万?)人の人たちが訪れたそうです。

訪問者を見ると年配者だけで無く結構若い男女も居ります。

なぜだろう?

私はこれを見ても映画を見る気にはなれない。

Yamato_bridge1 Yamato_bridge2 Jyuza

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April 04, 2006

江田島

4月1日、かなり昔からここに来たかったが漸く実現した。

門には海上自衛隊第一術科学校、幹部候補生学校と書いてある。

Gate

守衛所を入り案内人が殆ど同じ船できたグループを引き連れ構内を案内する。

海軍兵学校は1888年(明治21年)に築地からこの江田島に移転して来たそうです。

構内は綺麗に手入れされており気持ちの良い印象を得ました。

最初は大講堂に案内され1917年に御影石で出来た重厚な建物で数日後におこなわれる卒業式の準備が整っている。

Koudo_inside

幹部候補生学校の赤レンガは明治期に英国から輸入された物でいまでも鮮やかな赤を見せてくれる。 手入れが良く出来ているのだな。

学校の前に植えられている黒松は真っ直ぐ上の伸びている。 この学校の精神はなんでも真っ直ぐにと。

School

今回一番印象に残ったのは教育参考館の展示物である。

階段を上がった正面には東郷元帥の遺髪が納められいる。

展示の日清、日露戦争の資料や特に戦争の模様を書いた絵に興味がある。

昔、家にあった絵本で記憶にある決死で旅順港閉塞後、短艇で引き上げて来た模様や蔚山沖海戦、日本海海戦の模様を書いた絵には非常に親近感がある。

そして数々の死に行く若人の遺書は時間があればじっくり読みたい。

ここを出てきて私はこう思った。

Museme_1

敗戦後、朝鮮戦争が始まり、日本に軍備をさせないと決めたアメリカの要請で軍備をはじめた(所謂、再軍備)から海上自衛隊も当初はすべて米軍流の装備、技術、指導方、を行ったはずである。

しかし、海上自衛隊は、東郷元帥を日本海軍の始祖と崇めておるように感じ、そして、いつの間にか旧海軍の精神を引継いでいるのではないのだろうか。

ここで勉学に励む幹部候補生が身近にある教育参考館の展示物を見れば当然その影響は大きく受けるであろう。

そうであれば、私の願いは、その精神は明治期の東郷元帥時代の精神であって、

後年の大和を作ったような精神で無い事を望む。

私自身は軍国主義者でも右翼でもありません。

ただ、自分の国は自分で守る事を当然と思っており、候補生の行進を見て胸が熱くなりました。

Students

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April 03, 2006

江田島、ヤマトの旅 その2

江田島、ヤマト その2

42日は、宿に御願いして白滝山に登るべくフラワーセンターに車で送って貰う。

ところが運転手の好意で山頂間近の駐車所まで送ってもらうから6分で山頂へ。

登る前は、大した山で無いから、マーいいかと思ったが登頂後は、やはり少なくともフラワーセンターから自分の足で登るべき山であったなーと思う程、形が良く山頂からの景色が良い山であった。

Shiratakiyama Mout_view

残念ながら雨模様の空は望遠を難しくする。

下山すると因島へ行くバス停まで歩き、ここまで歩いたのであれば、いっそ因島大橋を歩こうと言う事になり歩き続ける。

 山の上からNanohanaも歩きの行程でも荒れて手入れがされていない畑は皆無。 この島の人達は畑を大事にして居る事がわかる。

ただ廻りの沢山有る蜜柑畑は全くわからぬ。 蜜柑が落ち放題で腐っている。 落ちている蜜柑の新しいのを拾って食べると旨い。 また拾って食べる。 すると又旨い。

これは悪い事? イヤせっかく実った蜜柑の為には良い事。

因島大橋の歩道橋は車道の下にあり自転車、バイク等は50円の通行料が必要だが歩行は自由。

Hashishita

Innoshima_ohashi

結構な高度がある歩道橋を歩くと雨が降り出し向島の橋脚を降りる頃は土砂降りで小公園の東屋にブルーシートを張って雨を凌ぎバーベキューをしている一団の中に休憩を求めるとビールを戴き、更に焼き魚、生魚、野菜を提供され男は遠慮しながら、女は堂々と戴く。 この人たちは同じ会社のメンバーで今日は花見の宴会だったそうです。

これからバス停に行きたいとその場所を尋ねると、それなら車で送ってやると、御酒を殆ど飲んで居ない人の運転で8人づつ、2回、バス停で無く今日の目的地ヤマト(日立造船向島西工場)まで送って頂いた。 後で皆さんの話しを合わせると運転してくれた人は酒に酔っていたのではないかと思う。ヤバイ。 でも感謝の限りである。

今、この向島はヤマトの御蔭で交通渋滞がおこり、また当初3月31日まで公開の予定を5月7日まで延ばした程人気があるそうです。

ヤマトに就いては別稿で。

不思議なのは造船所の入り口からヤマトまでバスがピストン輸送をしており、その窓から見える造船工場内部は装置がサビつき長らく使用していない様子で、ヤマトの隣のドッグの保存状態は最悪に見える。 この工場は閉鎖されていたのだろうか?

Ferry

ヤマトの裏側に有るフェリーはピストン運転で直ぐ対岸のJR尾道駅

へ。帰りはJR尾道駅を15:59発で姫路まで。 そこで新快速に乗り換えて神戸、大阪へ帰る。

     帰りの電車で女性リーダーの携帯にロッジより電話が入りネックレースの忘れ物が有ると。 リーダーは一瞬だれかがロッジの何かを持ち帰ってのでは無いかと恐れたそうです。

     姫路駅で乗り換え時間が無いのにホームの案内掲示に間違いがあり皆怒る。

     姫路までの電車で座席の横にいた若いアベックがペットボトルを放って何処かにいった。 しょうがないからメンバーが自分達のゴミ袋にいれる。

乗り換えた電車に同じアベックがいたが彼が捨てたボトルを我々が持っている事など当然知らない。

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江田島、ヤマトの旅 その1

誘われた時、自然大学のグループとのスケジュールで一部重複するがなんとか折り合いが付くようにして、行く事にした。

それは江田島にどうしても行きたかったからだ。

それでもリーダーである女性が苦労して作ったスケジュールは見事。

1.JR大阪駅41日午前零時15分発のムーンライト松山と言う快速に青春切符で乗車。 この列車は非常に人気があるので発売とほぼ同時に全て指定席の座席は一杯になってしまう。 松山到着は同日午前7時45分。