旅行・地域

November 17, 2014

大津祭り 10122014

大津祭り 10122014

 

10月6日晩の鶴瓶の家族に乾杯で鶴瓶が大津の山車を見ていた。

それで直ぐに大津の友人に電話。

なぜ今まで大津祭りのことを案内してくれなかったか、と。

彼も鶴瓶を見ていたので直ぐに反応し12日の昼から大津に行く事になった。

当日は台風19号が接近中であったが12日はOKであろうと予想した。

 

妻と一緒に大津駅で友人夫妻の出迎えを受け祭りに入った。

なんと13台の曳山(ひきやま)が休憩中であった。

その一つの曳山には1650年ころからあると言うベルギーのゴブラン織りタペストリーが飾られていた。 このタペストリーは「重要文化財」と言う事だ。

京都の祇園祭ははるかに大きい山車と絢爛豪華さがある。しかしあの大観衆を見るととても出掛ける気にはならない。 しかしこの大津祭りは曳山に触れられる位に接近でき非常に身近な祭りです。

http://youtu.be/dS9pGx05VLA

曳山の前輪は一輪で曲がる時は4-5人で持ち上げるようにして曳山を簡単に曲げられる、だから多分一台を3-40人位の引き子で曳航できる。 各曳山にはそれぞれカラクリが施され楽しませてくれます。

 

祭りを終えて京阪の浜大津から皇子山へゆき焼き鳥屋で楽しく飲み食いした。

帰りは、近くのJR湖西線大津京駅から京都へ。 京都からは新快速で大阪に帰ってきた。

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May 09, 2013

東北の旅4 04272013

朝からバスは南下し北上展勝地へ。

北上川を渡って河原に展開する桜並木です。

ここで漸く桜らしい桜に会えました。

古木の多い桜並木は天気がよければ素晴らしい所だろうと思います。

並木を道産子のような大型農耕馬が馬車を曳いています。

最近、このような馬車に乗っている人たちが動物虐待者に見えてきました。

“雨、桜、猿まわし”をご覧ください。

 

 

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東北の旅3 弘前 04262013

ツアーのもう一つの目玉である弘前は午後遅く到着し夜桜見物となっている。

残念! ここも蕾はまだ固い。

花見ツアーの問題点は人間の開花予想など全く無視した自然の力。

城を一周した所で花見の宴を閉じた地元のグループと話をした。 大阪から来たのに残念!と言うと、それはご苦労さん、これを飲んでと缶ビールを手渡たされた。 その一人の弘前在住メンバーと話をした。 日本最古のソメイヨシノをどの様に見るか、石田光成の子供を津軽藩は預かった、など津軽藩の自慢を聞きました。

 

 

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東北の旅2 04262013

田沢湖の宿から出て南下した最初の訪問地は刺巻湿原。 雨の中、木道を歩いたが、私が今まで見てきた水芭蕉の生息地では最大。 圧倒的な数に息もつまりそうである。

角館

初めての訪問地。 残念ながら雨降りでしかも桜は全く咲いていない。

武家屋敷の通りは広い。 町が設計されている。

入場料を支払って青柳家を見学した。

400年続いた家のようで上流武家のようですが藩からの給与でこのような家屋敷を持続出来た事が不思議です。 ほかの収入源が有ったのだろうか?

展示されている江戸末期から明治初めの写真や収集された時計、カメラを見るとかなり稀少で珍しい物が置かれています。財力があった事は確かでしょうね。

雨で残念でしたがこの町の佇まいには引き付けられました。

是非、もう一度訪れたい町です。

 

五所川原から芦野公園へ

JR五所川原駅と津軽鉄道の駅は隣接せれている。

駅中は非常にレトロな感じです。 普段は1両ですが団体客によっては今回のように3両編成にもなるのです。

津軽半島の先端に向かうこの沿線付近は海まで平野が広がります。

芦野公園も桜は全く咲いていません!

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May 06, 2013

東北の旅 04252013

仙台行きの飛行機から富士山が見えた。 どこから見ても富士山はカッコイイ山です。

八ヶ岳、南アルプスと富士山が一枚の写真に撮れました。

更に仙台に近くなったころ、彼方の海岸線に見たような建造物が見えた。 ひょっとしたら福島第二原発かと思った。 (家に帰ってグーグル地図で調べると東北電力原町火力発電所でした) 多分福島第二とこの飛行機ルートは7-80kmの距離でそんない遠方では無いと実感する。

最初の訪問地は中尊寺。

金色堂は相変わらず混雑しており人垣の後ろから見るしかない。

それでも金色に輝く仏像群は素晴らしく迫力があります。

下って右側に弁慶の墓がある。今回初めて訪問する。

盛岡の石割桜

文字通り大きな石を真っ二つに割って広大に枝を広げる見事な桜ですね。

 

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May 02, 2013

旧閑谷学校 04112013

江戸時代、岡山藩主池田光政によって開設された学校で武士の子弟だけでなく庶民の子供も受け入れたそうです。

ここは非常に手入れが良く行き届いており気持ちの良い場所です。

対の階の木を配した孔子廟。

丁度高校生一行が来ていて講堂には入れなかったがピカピカに磨かれている床があるようです。

学校の正面には上面が丸くなった石塀がある。

いずれ、再度訪問したい場所です。

あいうえ論語という小誌を購入。

“巧言令色、鮮なし仁”

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April 30, 2013

吹屋を訪ねる 04102013

岡山の山奥、こんな所にと思う山奥に吹屋の街並みがありました。

昔、ここ吹屋はベンガラの生産、販売業で財をなした地である。

不思議な事にそのベンガラの存在感がありません。

店ではベンガラ染の生地等がありましたがこの吹屋で作っている雰囲気が無い。

ベンガラの赤を一袋購入したので布を染めてみようと思う。

但しこのベンガラはここで生産された物では無く、では何処で作った物ですかと聞いたが知らないようです。

少し離れた場所には旧広兼邸があり、昔、八墓村の撮影に使われたそうですが家主はここに住まず多分村の僅かな予算で細々と維持されているようです。

昔は城壁としても使われたようで、家に入る門は迫力があります。

庭から見渡す景色は城主の気分。

 

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March 05, 2013

冬の旅2(01272013) 敦賀

朝に常神半島を出て敦賀にきた。

目的は、中池見湿原である。

この時期に行っても多分雪が積もっており意味が無いように思っていた

案の定、積雪の為バスは湿原の駐車場へは行けず、100メーターほど歩いて登り口へ。

更に上に行くまでの150メーター程の登りは5-60cmの積雪を先頭者がトレースをつけ開く。

湿原全体は雪に覆われ美しい。

案内所にはNPOのメーバーが居り、説明を受けた。

愈々北陸新幹線の工事時期が見えてきたようで、当初の予定と変わってより中見池の敷地に食い込んだ場所を通るようなルートになりそうでNPOのメンバーは非常な危機感を抱いている。 

しかし地元の人たちは悲願の新幹線が来る事を心待ちにしており、この池の保存にはあまり支持が得られないようです。

私たち、大阪から見学に来た人間にはサポーする事は非常に難しい。

地元の、敦賀の市民がこの池の貴重さに注意を向けるしか無いのだろう。

野うさぎが通ったトレースは太陽に照らされた雪のなかで点々と続く。 

ここはJR敦賀駅から歩いても直ぐの場所。

こんなに市街地に近い湿地は外に知りません。

 

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February 26, 2013

冬の旅-1(01262013)舞鶴、常神半島

過去に何回か舞鶴を通過していたが今回初めてバスで舞鶴港の横を通ると海上自衛隊のイージス艦がけっこう大きな船体を岸壁に係留されていた。 

一般公開している様子でバスを飛び下りて行きたかったなー。

今回の目的地は、三方五湖の北西に伸びる常神半島の民宿で、そこに行く途中の小浜あたりで吹雪状態に出会った。

目的はカニ料理。 

一昨年食べたカニは非常に美味しかった。

所が昨年は同じ常神半島だが別の民宿でカニの味にがっかり。

地元福井の人たちは常神半島の魚は旨いと言われているが矢張り場所を選ばなければいけないのだな。

今回は一昨年と同じ場所で、カニも魚も美味しく堪能出来た。

翌朝の小さな漁港は鉛色の荒れた海に晒されていたがカモメは元気で飛び回る。

 

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July 29, 2012

旅13 蚤の市とモンマルトル 06302012

クリニャンクールの蚤の市では少し危険な感じを受けた。
見た限りでは骨董品的な物は無く殆どがガラクタと見受けた。
この地区を詳しく知った人が必要と思われる。
モンマルトルの丘には後ろの方から登る。
最後の登り通りにはヘアーサロンが軒を連ねていた。
サクレ・クール大聖堂は昔と同じように建って居り昔、この前庭の柵によりかかりパリの街をぼんやりと見ていたな。
そういえば、40年程前に、この丘に登る途中のレストランへ昼食に入りそこで若者がギターを手に“パリの空の下、”を唄ってくれた。 そこを探そうと思ったが無理でした。
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