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November 2011

November 30, 2011

「亡霊が眠る塚」111911

113日に京都の北山付近ハイキングに誘われた。

痛風や膝痛があるのを知っていながら声をかけてくれる友を大切にしなくてはいけない。

峠を過ぎて里山に入ったときにこのような看板を見つけた。

これを書いた人は:

*意味の無い落書きとして書いた?

*動物愛護でハンターに反対する人?

*ハンターがウルサイいから嫌がらせに書いた?

*ここを通る人を怖がらせる為?

*本当に亡霊がいるから心配して書いた?

色々想像しました。

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November 06, 2011

真田庵 102911

九度山駅から慈尊院へゆく途中に真田庵がある。

長年に亘りここを訪れたいと思っていた場所です。

真田三代記や真田物の小説は殆ど読んだから関ヶ原の後、雪村と共にここに蟄居させられた昌幸の無念さを思う。

境内に昌幸のお墓があり篤く手を合わせる。 1600年の関ヶ原後に家康は真田親子を九度山に蟄居させ、昌幸は1611年にここで亡くなった。 

墓は信州の松代、上田にもあるそうです。

境内には“炬燵して 語れ真田の 冬の陣”の蕪村の句が石塔に掘られている。

そしてもう一句“かくれ住んで 花に真田が 謡かな”

蕪村は1716年生まれで1784年没だから昌幸没後150年頃に詠んだのかな。 ここに来て詠んだようです。

蕪村は大阪に生まれた故に大阪城を守り最後まで戦った真田雪村の特に冬の陣の活躍を150年過ぎても大阪で語られて居たのであろう話が気になってこの句を詠んだのかも知れません。

 

初めて来た九度山という所は高野山の上り口でもありそれなりに賑わっており思っていたよりも開けた場所でなんだか安心(?)しました。 

それと上田城から見た千曲川と真田庵(もしここに真田親子が住んでいたのであれば)から見える紀ノ川と似ているような気がする。

 

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November 04, 2011

九度山町石道 102911

こんな道が有る事は知らなかった。 だから今回の立案者には感謝。

九度山町の慈尊院から高野山壇上伽藍大塔まで22kmに180基の町石と呼ばれる石柱が1町約109m置きに建っています。 今日は九度山の駅で下車して慈尊院の石段中段にある180番の石柱を見て出発です。

179,178,177と番号が若くなります。

これが鎌倉時代1265年に建立が始まり1285年に完成したと言う事です。

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丁度九度山のブレンド柿の収穫期で農家の人たちが忙しく収穫していた。

その中に規格外だから“持って行き”と美味しい柿を頂いた。

途中で農家の人たちと交流し時間が消費され結局136町石の六本松であきらめ、上古沢駅を目指す。  結構な下り坂を過ぎると谷の向こうの同じ高さの所に上古沢駅の駅が見えてきた。

村落を通って車道に出ると今度は上り道。 途轍も無い大変な登り道となる。

そして苦労の末、上古沢駅到着。

駅長さんの苦労話を聞いて休んだ。 暫く落ち着いて見回すとこの駅の素晴らしさが見えてきた。 眺望が良い。普通の駅に付き物の車が居ない、だから静かなのです。

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