« April 2011 | Main | June 2011 »

May 2011

May 30, 2011

琵琶湖の植物 052111

野外講座でまず琵琶湖岸に近い近江舞子へ行きました。

駐車所横の路傍にハマエンドウの小群生がある。 通常は海浜で生息するのに淡水湖の近くにいる。 先生も何故ここに生息しているのかは不明。

湖岸の松林に行くとこれも海浜の植生であるハマヒルガオが咲いている。

琵琶湖は不思議な湖です。

高島町の深溝・針江地区に移動すると、自噴する源泉と鋼管を入れて噴出させるわき水等が流れ込む針江大川にはバイカモ(梅花藻)が丁度満開!

この針江大川や小池川は本当に綺麗な水が豊富にある地区で“清水の里、針江”と書いてある看板も見かけた。 比良山系の地下水がここで自噴している。

多分この地区の人々は昔から水を大切に使って来たのだと思う。 だから未だにこのような水環境を維持出来たのであろう。

また、この地区の多くの家では川端(かばた)を備えているようです。

引っ越しをして更地になった土地の真ん中に川端(かばた)だけを残して有る事は事は、その貴重さを語っているようでした。

最後は琵琶湖畔。

ヨシキリが盛んに鳴く中で子供たちが楽しそうに釣りをしていた。

Photo

Photo_2

Photo_3

Photo_6

Photo_7

Photo_4

Photo_5

| | Comments (0)

May 27, 2011

阿蘇天草の旅 P5 052511

515日、最終日。

昔、ここ大矢野の町長が天草五橋の建設を提唱し政府に掛け合いついに達成したのだと言う。 当時、彼は変人扱いされていたそうです。 周りがなんと言おうと強烈な信念を持った人が居ないとこのような事業は出なかったと思います。

この日、西へ橋を3っつ渡り、天草松島の美しい風景を堪能して、熊本経由して関門橋を渡り下関の唐戸市場へ。

日曜日の為か大混雑でようやくパーキング場に入られ市場に入場。 新鮮な魚で握り寿司や海鮮丼などを売っておりテーブルで食べれる。

グルグル回り海鮮丼が600円位になったから食べて見ようかなと思ったが、その時魚の臭いが鼻をつき、スーッと食欲が引いていった。 元々刺身は最初の内は旨いが直ぐに腹一杯になり食べられなくなる。 私のような人が居るようで市場の中に菓子屋が有るので菓子を買って食べた。

赤間神社に行った。

有名な神社なのになにかピンとこない。

一つだけ、耳なし芳一の像が有ったのにはビックリしました。

Photo

Photo_2

Photo_3

Photo_4

Photo_5

再び関門橋を渡ってJR門司近くでレンタカーを返し、無料バスで門司港へ。

長い、しかし楽しい旅もこれで仕舞いの神戸行き航海である。

この旅の費用は8人で一人あたり3万円! フェリー代金、レンタカー代金、ガソリン代金、夕食費用、高速代を合計してこの金額です。 二泊のログハウスが無料で有ったのが効いています。

レンタカーの走行距離は780kmでした。

| | Comments (0)

May 25, 2011

阿蘇天草の旅 P4 052411

514日、朝、ログハウスを出て熊本港へ向かう。

途中の交通事情で手間取り、それでもなんとか9時20分発のフェリー待ちの車列に並べた。 ここから天草は真っ直ぐ。

熊本と天草の中間位で客室から北側方向を見ているとイルカの群れが北に向かってジャンプしながら疾走していた。

天草港から仁田峠まで一気に上がり、雲仙ロープウエイで上の妙見駅まで登る。

妙見駅から登山路で妙見神社を通り国見山との分岐で、“国見は登らずに普賢にゆきます”と皆の合意の上普賢を目指す。(あとで解るがもし国見に登っていたら、帰りのフェリーは大分遅いスケジュールになった)

そして普賢の山頂1359mに到着。

そしてその目の前に平成新山1483mが聳え立つ。

Photo

Photo_2

Photo_3

Photo_5

それまで何も無かった場所に火山活動によってこのような新しい山が出現した、その自然の圧倒的な力を見せつられた。 雲仙普賢岳の火砕流のTV放映を思い出すと、やはりTVで見た今度の地震と津波の力と共通する自然の力だ。

この普賢岳に登れるとは思っていなかったので、いま登れた事は、そして特に今年登れた事は本当に嬉しい。

同じルートで上天草にもどり、同じ温泉を楽しんだ。

| | Comments (0)

May 23, 2011

阿蘇、天草の旅 P3 052311

513日の宿泊は天草四郎の生誕地と言われている上天草の大矢野にあるログハウス。

同行の人の兄弟が所有だが現役なのでまだここに住んでいません。 それを私達に二泊提供して頂いた。

午後七時に到着するとすぐに風呂へ向かう。

島の反対側の弓ヶ浜と言うところにある湯楽亭の温泉を利用する。

入浴料500円。

湯が非常に濃く湯槽や風呂の床にはたぶんカルシュウム分が結晶し全体を覆っている。

露天風呂の後ろは直ぐに山であるがその山肌を手彫りでくりぬいた洞窟風呂がある。

このような作りの風呂は非常に珍しいですね。

夕食は予め頼んで貰った地元魚の刺身主体の仕出を楽しんだ。

Photo_9

Photo_10

Photo_11

D1dc4b82_2

| | Comments (0)

阿蘇天草の旅 P2 052211

513日、レンタカーで門司駅を出発して新門司で高速にのり一路阿蘇をめざす。

熊本で高速を降りて大分方向に向かい途中から阿蘇への取り付け路に入りやがて阿蘇の山塊に入る。

11時半ころに草千里の駐車場で見学。 一面の草原が広がり雄大さを感じます。

中岳火口の展望台に上るとかなりの噴煙が上がっており風向きによって強い硫黄臭がにおう。 そして中岳、髙岳を目指して出発。

砂千里を経て谷を登り詰めて稜線にでる。

あとで解ったが中岳の小噴火の取材の為かヘリコプターが飛び交う。

稜線ではかなりな強風に出会い風で飛ばされた砂が頬に当たり痛い。

そして1506mの中岳山頂。

Photo

 

Photo_2

Photo_3

Photo_4

 

ここから髙岳に向かう予定がほぼ真西にある中岳火口からの噴煙がちょうど我々が居る中岳山頂に向かい、同じく髙岳に向かう。

そしてこの中岳に居るだけで目が痛くなる。 これは少々危険を感じ髙岳はあきらめて戻る。

ここから見える視界の北から南にかけては岩石が剥き出しで、歩いて来た稜線は西に大きく切り立つ地層の端であり、活火山の様相がよく感じられた。

帰りの車中から奇妙な形の山が見えた。 人間が作ったような綺麗な円錐をしている。

後で調べると米塚とよばれる火山運動で出来た山であった。

Photo_5

| | Comments (0)

May 20, 2011

阿蘇、天草の旅 P1 051911

512日の夕方、神戸港よりフェリーに乗船、門司港へ向かいました。

フェリー2泊に天草2泊の旅の始まり。

故有って天草のログハウスを使う事が出来、普賢岳に行こうという話から始まり、私がせっかく行くのだから阿蘇にも行きたいと言う事でこの計画が出来上がった。

今回は山仲間8人で2等船室を使うも木曜日の為か、あるいは震災の影響か、空いて居る。

Photo

どういう訳か今回のフェリー代金には朝食用にパン2個がサービスでついていたので早めの朝食を船で取る。

午前7時に門司港到着。

連絡バスでJR門司駅へ。

近くのレンタカー事務所で手続きしていよいよ阿蘇に向かいます。

| | Comments (0)

May 19, 2011

レモンの花 051911

先日大阪城の植木市でレモンの苗木を購入して家の小さな庭に植えた。

最近は毎朝コーヒー豆を手でミルを回して粉にし、それを飲んでいる。

しかし時々昔飲んだレモンティーの懐かしい味を思い出し、その為にレモンが欲しくなる。

しかしスーパー等に出回っているレモンの殆どはアメリカ産等でポストハーベスト処理で防腐剤等が付着している。

国産のレモンは値段が高く農薬はどれだけ使用しているのか解らない。

だから自分でレモンを作りたかった。

この花が結実して例え1個でも2個でも収穫出来たら嬉しいな。

4

517

| | Comments (2)

May 17, 2011

飛鳥 050711

マイスターの企画で57日に飛鳥を歩いた。

参加者30名の内、私ともう一人、つまり2/30が初めて飛鳥を訪れる!

そのもう一人の女性も私と同じく“時の為政者は何故この飛鳥の地に都を作ったのか。 その地勢的理由を体感したい”と思っていた。

まず、空っぽの高松塚、亀石、聖徳太子出生地、石舞台、岡寺、酒船石、板葺の宮跡、飛鳥寺、首塚、甘粕の丘、等ほぼ全てを歩いて回った。

甘粕の丘の上で飛鳥を一見しそして当時の都の人口は2-3万人位と聞き、漸く何故飛鳥の地に都が出来たのか感じられた。

甘粕の丘の西側、後の藤原の宮の大きさは2-3万の人口には大きすぎ、統治、防衛、は無理な事がわかる。

写真は甘粕の丘から撮影した飛鳥中心地。

3_1000

| | Comments (0)

May 10, 2011

生肉 051011

私は信州諏訪の生まれで、小さい頃の記憶であるが肉屋の看板は“牛櫻豚”と書いてあった。 信州の中でも諏訪と伊那は馬肉を食べていた。

私の家では年に数回スキヤキをしたがほとんどは馬肉でした。安いからです。

Photo

日露戦争から帰った祖父は、そのスキヤキが馬肉であれば決して食べなかった。二○三高地での戦の時に馬のお陰で命が助かり、その時に生涯馬肉は食べないと誓ったそうです。

親は、刺身で食べられるのは馬肉だけで牛と豚は寄生虫が居るから食べるな、と言われて、私はそれをほぼ守って来た。

しかし過去に2回、生牛肉を食べた。

1.山形のお客さんから、これは一頭で極一部だけ(確か数キロ)、それも極一部の店だけで食べられる刺身を勧められ美味しくたべた。

2.20年ほどまえか、スイス人の案内でドイツを回って居るときに田舎のホテルの大きなレストランのメニューに表示されているタルタル(ターター、とも言う)ステーキ(生肉を潰してスパイスを混ぜボコット皿に乗せて食べる)をみて、スイス人にこのレストランのタルタルは大丈夫かなと聞くと、ここは大丈夫だよ。 で、食べたがその夜から3日間、強烈な下痢に襲われ、アウトバーンを走り2時間置きにトイレ休憩が必要となった。

だからそれ以降、牛の生肉、ユッケ等生肉には決して手を出さなかった。

また、ステーキの焼き具合はそれまでのミディアムレアーからミディアムウェルダンに変更した。 

今の問題は寄生虫では無く牛の腸内菌のようだが。

TVのニュースで熊本の馬刺工場の衛生管理を知ったがあのような厳しい管理で作るのであれば馬にも似たような菌が居るんかなー!

いずれにしても、牛の生肉は今後一切食べまい。

四つ足動物の肉を食べる事は日本人の体質に合っているのかな?

| | Comments (0)

« April 2011 | Main | June 2011 »