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March 2011

March 31, 2011

地震の名前 033011

Nifty,Yahoo: 東北地方太平洋沖地震

NHK:  東北関東大震災

朝日新聞; 東日本大震災

読売新聞; 東日本巨大地震

毎日新聞: 東日本大震災

Google:東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)

総務省:  東北地方太平洋沖地震

外務省:  東北地方太平洋沖地震(Tohoku-Pacific Ocean Earthquake

今回の地震や津波と言えばだれでも解るからどうでも良いのですが、ネットで見た限り上記のように各報道機関によって違っています。

今、地震とか津波の話をすると今回に事になりますね。

外務省の英語表記の Tohoku-Pacific Earthquake               が簡単で解り易いですね。 日本語で言うと “東北太平洋地震”

“大”とか“巨大”という言葉は実際のあまりにも大きな現実を見るとそんな言葉は飛んでしまいます。

何時かは統一されたら良いのにと思いますね。

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March 27, 2011

震災の中の携帯電話 032711

神戸の震災時にピンクの公衆電話が繋がり易く電話をする人の列が出来て居た報道が多数ありました。

しかしその後の携帯の発達で公衆電話は確実に無くなりました。

さて、今回の津波被害後には通信が殆ど機能しなかったようです。

つまり本当に必要な時に役に立たない携帯電話。

あれだけ携帯電話の機能が発展し、スマートフォン等と言う物も出て来た。

しかし今回の災害に対して携帯電話の基本機能、通話が出来ないという事は何を意味するか?

私も定かではないが、携帯電話の契約に“地震、津波など天災に対しては機能しない”等と言う免責事項が有ったのかな?

それと、私が契約したのは、電話機を売る会社なのか、通信の手段を売る会社なのか解らなくなった。

今、携帯が使えなくなった人達が困っているのは、友人、知人、の電話番号が解らなくて困っているのでは無いだろうか。

私にとっての携帯電話に必要な機能とは場所を問わず電話出来、携帯メールが出来たらそれで良い。 それ以外は一切不要。 でも今回の災害では、その基本的に必要な機能が全く使えない。

使えたら命が助かった人も居るかも知れない。

携帯電話の意味をもう一度見直す時期だなーと思う。

Fedo_600

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March 26, 2011

西陣織会館 032011

クラブの4人と訪れた。

丁度「伝統産業職人工房」が行われて居りました。

ビロードの職人さんが、織行程では、針金を挿入してループを作り織上げます。

そのループを切り開く作業を行ってビロード状態になります。

その作業は見て居ても息が詰まる作業ですが切り開かなければビロードは出来ません。

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手染め友禅の職人さんから、防染のやり方を教わったので、その内に自分で試してみたいと思います。

帯の図案家、相原さんはこのように手描きで帯の図案を書いています。

ところが最近はコンピューターグラフィック(CG)を用いた図案作成に移行しているようで大変なようです。 手描きの図案はCGで表現出来ない微妙な表現が有るはずですから相原さん、頑張って伝統の手法を絶やさないで下さい。

つづれ織の職人さんの指は糸の密度に合わせて爪先にV字型の切り込みがあり、一本横糸を挿入する毎に横糸を織の中に爪で押し込みます。 道具が自分の指先にあるから道具をいちいち探す必要が無いのです。

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March 25, 2011

サクランボの花 -31911

震災に圧倒され忘れていたが、我が家の花が咲きだした。

サクランボの花が咲きました。 でも10個位です。

昨年、花目の殆どを青虫に食べられてしまった。

だから今年はサクランボを食べれない。

残念!

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March 24, 2011

島根の旅 P5 石見銀山 030611

銀山その物はあまり印象に残らない。

石見はその街並みだ。

世界遺産の話しのかなり前から街並み保存が行われていたそうですから、先見の明があったのだな。 電柱が無いから空がスッキリと見える。

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戦国時代の頃には世界の銀生産量の三分の一を石見一山で産出していたそうです。

坑道は生野鉱山のほうがはるかに優れており、規模も大きい。

石見の町並みは確かに良く保存されているが、私には世界遺産としての石見銀山はなにかインパクトに欠ける。

なぜだろう?

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March 22, 2011

島根の旅 P4 国民宿舎三瓶荘 030511

昨年の下見で来たから勝手知っている宿で、その露天風呂が有るゆえに、そして、宿のそこここに有る気遣いの飾り、が有るゆえに私の好きな宿で今後この辺に来た時は必ず泊まりたい宿です。

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しかし団体の悲しさ、この日、私が割り振られた部屋は二人用の洋室だが洗面台が無い。 トイレはある。

通常、洗面台は有るがトイレは無い、というのはそこここに有る。

だが、実際に使ってみると洗面台が無い部屋は本当に不都合だ。

機会が有れば、この部屋に洗面台を作るよう、或いはトイレを潰して洗面台に改造すべきと提案しよう。

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March 21, 2011

島根の旅 P3 三瓶小豆原埋没林 03052011

(島根の旅の掲載は今回の大震災に呆然として中断していました)

4000年前の杉の香り!

その殆どが地下にある博物館の階段を下りて展示場に入った瞬間に“凄い”と感じた。  博物館は地下15m位にある根元からほぼ地表1m位の空間にある。 そこの4000年前の杉の木が立っている!

そして、4000年前の杉の木の表皮に触れ、しかも臭いがする、4000年前の杉の木から杉の香りがする!

三瓶山の噴火から火砕流が起こりこの小さな谷に入り土手にぶつかり流速が落ち、このように杉の木が倒れずに土石流に埋まり、そこに酸素の少ない地下水が流れ込みほぼ無酸素状態で発掘されるまで保たれて居たのだそうです。

4000年前に生きて居た杉の表皮に触れ、木肌に触れ、そして杉の香りをかぐ。 4000年と言う時を経て私の感覚に直接感じさせてくれます。

いままで体験した事の無い事に私の感覚が興奮しました。

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今回は時間の関係で、ゆっくりと見る訳にいかなかったが機会があれば再度来たい場所です。

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March 17, 2011

原子力発電所事故 031711

今回の東電福島原発の事故に関して、私はTVと新聞報道でしか判断しようがないが諸々疑問がわいてくる。

*東電にこの事故に対する当事者能力が有るの? 見る限り全く有りません。

*保安係とは何だろう。

*電力を作って売る会社が自分の工場を保守する電気が無い状況は笑わせる。

*TVに出てくる偉い大学の偉い先生が皆、大した事故では無いように言って居る。

*最初に事故の起きた2号機とほぼ同じ事が他の3機でも起きて居る。 冷却水の問題である。 2号機の事故で他の3機にも起きる事は想像できた。

*ヘリからの放水や消防車からの放水、更に海上保安庁、海上自衛隊からの放水等、事故のTV報道を見て居た人達は初めから考えついた事ですね。

*原子炉、圧力容器内で起こった事故は“何が起こったのか解らない”と言う現実。

*何が起こったか解らない装置を今まで何故、解ったように言って使って来たの?

東西の電気はヘルツの差で融通出来ない。 これは電力会社の怠慢か? 政府

の怠慢か? 変換能力を今の10倍上げたら取りあえず1000万KWの不足

に対応出来るのではないか?

さて、私が住んでいる大阪の電力の50%は関電の原発である。

大飯発電所は2回見学した。 炉が加圧水型原子炉だから少し違うと思うが、

私は関電に下記の2点に留保して原発に賛同してきた。

*保守、保全は関電の社員が直接当たる事。

*使用済み燃料の処理。

でも今の事故を見て居ると関電に本当に当事者能力があるのかな?

自分の会社のキーテクノロジーである原子力発電の事故に何の確実な現状把が

出来ずオロオロしている東電を見ると、関電も結局あのような事になるのか

と感じます。

でも、今福島原発の現場では、身の危険を返り見ず、命を張って頑張って居る

東電の技術者が居るはずです。 そして同じく命を張って対処しようとしてい

る自衛官、警察、消防士達、皆、名前も知らない現場の人達、その人達に

最大限のエールを送りたい。 日本は昔からこのような危機に際し、名も無い

現場の人達が頑張って来た。

ガンバレ日本!

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March 12, 2011

島根の旅 P2 日御碕 03052011

日御碕に到着早々に海鮮丼の昼食。

そして昨年下見の時に見つけた木工店“汐や(せきや)”を訪れる。

殆どが観光客相手の土産屋の中でこの店は全く異質。

若い青年が店の一部を木工作業場にして木工工作、彫刻、飾り物の製作販売をしている。 また流れ着いた流木を乾燥して加工もしている。

今回は非常に小さなコマを購入した。

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日御碕の灯台から崖の上で柱状節理の石を観察しながら遊歩道を歩き、そしてウミネコが飛び交う経島(アマテラスが降臨したといわれる)を横に見て日御崎神社に向かう。

スザノウを祭る古い神社です。

三重の伊勢大神宮が日の下の昼を守る神に対しこの出雲の日御碕大神宮は日の下の夜を護らむ、と言う事のようです。

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March 09, 2011

島根の旅 P1 03052011

島根の旅 P1 03052011

大阪を8時にチャーターした観光バスで出発。

中国道の津山を過ぎて落合ジャンクションで米子道に入る。

蒜山を過ぎると突然右車窓に蒜山の三つの峰が見える。

そしてその左に大山の左右に大きく広がる山塊が見え、その右に特徴的な形の烏ヶ山が見える。 この大山は南側から見る大山。

写真は走行中のバスから窓越しに撮った物です。

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米子道を北上して大山を西北側から見ると、このように富士山形になります。

伯耆富士と言われる所以です。

でも、南側の岡山県側から見ると何故“伯耆富士”と言われるか解りませんね。

何年前か、約15km程南の毛無山(1216m)に登った時に大山と蒜山の山塊と弓ヶ浜もハッキリと見えた。

それ以来の蒜山と大山の山景色でした。

でも今回のような雪に覆われた大山は初めてでした。

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