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February 27, 2011

二人上司 022711

私が外商(外国資本の商事会社)に入ったのは1963年。

初めからS部長とH部長の二人が直属の上司であった。

なんでも覚えよう、勉強しようとしていたから上司が二人いても何の不都合も無かった。

そのS部長が今年に入って亡くなった。

“サヨナラ”と心でつぶやいた。 それ以上でも無く、以下でも無い。

S部長が私の直属の部長と言う人もいた。  でも私の直属の部長はH部長である。

800

  

有る時、総合商社の担当者が顧客を連れて来たが、その前で私がS部長に強烈になじられた。 翌日、その商社の担当者から飲み屋でなぐさめられた“あのなじられ方は無いよな”でも、“へこたれるなよな”。 しかし、これは私の心の中に氷の刃となって冷蔵され、それが解ける事は無かった。彼が亡くなった今でも。

S部長からは商業英文を教え込まれた。 彼は話すのも読み書きも旨い。

しかし、その英文の表現で決定的な離反が起こった。 私が担当として販売したスイスの特殊な機械に不都合が生じ、メーカー宛てのレポートを5回、6回と彼に添削され、その都度、不都合部の説明が甘くなり私が納得しないと、彼は、もうお前の手紙は見ない。勝手にしろと突き放された。 だから私は勝手にした。

通常、メーカー宛ての手紙やレポートは必ずダブルサイン、私と上司のサインが必要であったが、私だけのサインで出した。 結果的にはスイスのメーカーは非を認め交換部品を送ってきて解決した。

この頃からS部長との仕事の関連が薄くなり移動で別の部署になり、と、関連は殆ど無くなった。

H部長も移動が有り上京して別の部署の取締役になったが、何故私がH部長に心酔して行ったのか、語り切れない山程の話がある。

人と人の出会いは数々の偶然と幸運と機会のつかみ方で変わってくる。

私は今でもH部長を生涯の師と仰ぎ見て居る。

勿論、S部長を尊敬して居た人達もいるが、私にとって彼との思いでは全てネガティブな思い出であり、いくら思い出そうとしても楽しい思い出は何一つ無い。

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