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November 2010

November 09, 2010

鹿児島 いとこ会番外2 龍馬と鹿児島

NHKの影響の大きさも当然ながら龍馬自身の魅力は凄いと実感!

鹿児島県内でも龍馬の足跡がそこここで見られた。

そして鹿児島には龍馬のファンクラブも有るようです。

霧島のホテルへ行く途中、塩浸温泉という小さな、旅館も無い場所なのに多くの観光客が来ていました。 ここは龍馬が西郷さんに勧められお龍と新婚旅行で来て18日間滞在して湯治した場所。

更に私達が宿泊したこのホテルの前身(硫黄谷温泉)へも来たとの事であり、また高千穂峰も登った記述がある姉への手紙(複製)を展示してありました。

その記念に庭の隅に小さな龍馬像がありました。

龍馬コーヒーを注文すると、このようなコーヒーが来た!

図柄が切り抜いてあり、その上からココアを振りかけるようです。

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霧島神社

ここは日本発祥の地だそうです。

つまり天孫降臨された高千穂の峰の近くに有ったようですが度々の火災の末、この麓に広がる山麓の中に有る現在の御神殿は1715年に建てられたようで、朱塗りが目を引く。

そして樹齢800年といわれる御神木、姿が非常に良いですね。

ここから見える桜島は又格別で遠く開聞岳まで望見出来る。

霧島の事を殆ど調べずに来たがこの霧島神社を見る事が出来たのは幸いでした。

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November 07, 2010

鹿児島 いとこ会番外 103010

昼食後、私達夫婦と諏訪の妹夫婦で霧島に向かった。

全て妹に任した積りだったので私はこの霧島の事(行き方、見るべき所、等)を全く調べずに来てしまった。

宿泊は「霧島ホテル」一軒だけ一段と高く硫黄谷の上にある。

どうもここは団体と自家用車組を中心として、私達のように車の無い宿泊客はあまり対象としていないようです。

それでもホテルで聞いてバスを使い霧島神社に行ってきました。

さて、宿の風呂場:

非常に大きな、私が今までに見た風呂で大きかったのは青森の酢ヵ湯だったがそれをはるかに上回る。圧倒的な大きさ。

その分、露天風呂は小さい。

夕食は芋焼酎を飲みながら非常に旨く堪能した。 しかし量が多いねー。

私達が食べたレストランは杉林をライトアップさせ真っすぐ伸びる杉の幹を見せる中々演出された場所でした。

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今回のいとこ会は大型で強い台風14号と時を同じくした.

幸いあまり北上せずに東に向かったので鹿児島への直撃は無くこの3日間、降雨には殆ど合わなかったが台風とは保々並行している。

しかし30日朝、航空会社への電話は中々繋がらず漸く連絡が付くも確実な情報は得られず、大阪行き、東京行き両方とも夕方の便を予約してあったが不安になり、バスで昼前に鹿児島空港に到着。

すると鹿児島空港の天候不都合により大阪行きは約40分の便に乗り換え可能で、東京行きも1時間半の便に乗り換え出来るので早めに変える事にした。

結果、霧島の旅は昨日の霧島神社のみとなりました!

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November 04, 2010

鹿児島 いとこ会3 102910

今日はこの会の最終日。 市内のホテルを出ると仙厳園へ行く。

今日まで全く知らなかったが此処は鹿児島の宝物のような場所。

初めは万治元年―1658年 島津光久が別荘として構えたようです。

先ずはその場所の凄さ。 桜島を借景の背景として錦江湾を池と見立てている。

その広大な敷地の樹木は数百年の歴史を背負ってどっしりと構えている。

封建時代の島津という強力な権力が無ければ到底出来ないと思われるこの庭である。

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そして隣にある尚古集成館には幕末1851年に島津斉彬が藩主となり富国強兵、殖産興業政策を推進すべく集成館事業を起こし造船、造砲、製鉄、紡績、ガラス、印刷、電信、医療等に及んだ。 その一部の部品や機械を展示しています。つまり斉彬という人は、本来幕府がやらなくてはいけない日本と言う国の行く末を見通した事業を実行した人ですね。

[ここで私が6-7年前に鈴鹿山脈の鍋尻山と烏帽子山に登った時に、霊仙山や伊吹山、その麓に広がる関ヶ原が目視出来、その結果、島津義弘の敵中突破のストーリーを書こうと思い立ち“島津越え”と言う題で書いて山の仲間に見せた事がある。

尚古集成館の展示に中に「慶長役合戦図屏風」の一部が展示されていたのでその写真が載っている書物が無いか聞くと係の女性が探してくれて「尚古集成館」という本を買って来た。 その中に鋒矢(ほうし)の陣形が描かれているのではと思って屏風図を探したが残念ながら無かった。確か義弘は泗川での戦と関ヶ原での敵中突破にこの鋒矢(ほうし)の陣形をとったはずだ。]

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昼食は有名な薩摩の黒豚料理店で旨い黒豚料理を頂き今回の、いとこ会はこれを以って解散となりました。

いままで知らなかった鹿児島を案内して頂き、幹事さんには本当に感謝です。

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November 03, 2010

鹿児島 いとこ会2 102810

今回は従兄弟の中の最年長者で在鹿児島の従兄弟が計画して頂いた。

朝、フェリーで鹿児島に渡り先ず「維新ふるさと館」に入り幕末から明治維新にかけて活躍した鹿児島人を主体とした展示で、西郷さんのロボットが背景のドラマと連動して説明してくれる。

さて、この館の近くの案内板を見てビックリした。

この加治屋町には、黒木為揁、東郷平八郎、大山巌、西郷隆盛、従道、山本権部兵衛、等維新から明治にかけて日本の運命を背負って活動した偉人達の生誕地がある。多分500m平米位の範囲である。

薩摩藩の時代、この付近は下級武士が住んだ場所らしい。 薩摩藩に昔から伝わる地域組織や教育方針などが人材を育て維新の回天の時期の動きや日清、日露戦争の情勢に合致して、大きく育ったのだろうな。

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それにしてもこの小さなエリアに密集した生誕地は異常ですね。 他には有り得ない。

この後は南下して指宿の砂風呂を初体験。 砂が下の方で温泉に温められ、その放射熱で体全体を加熱する.上がるとさっぱりします。

そして昼食は唐船峡のそうめん流し。 それが今まで見た経験の無い装置でそうめんを回す。 峡谷の上流で貯めた水をパイプで各テーブルに配置してバルブを開けると水が水圧で回る。 そのテーブルの数が沢山! 堪能した。

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池田湖をめぐり、鹿児島に帰って城山の展望所から桜島を正面に見る。

南州洞窟はほぼ40年前に草牟田に住んでいた従兄弟の父君に案内されて見たが、当時は確か道が舗装されて無く、うっかるすると見落としそうな場所だった。

今日、鹿児島市内をバスで移動中、ほぼ何処に行っても桜島が見え、鹿児島人の体中には何時でも桜島が大きく存在する事を実感した。

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November 01, 2010

鹿児島―いとこ会1 102710

昨年の長野に続き今年は鹿児島での開催となった。

鹿児島空港から国分、垂水周りでフェリー乗り場近くの国民宿舎が今日の宿。

飛行機の降下中にも見えたが桜島は灰を噴いている。

垂水から桜島に入った所で灰を観察。

それからフェリー乗り場まで、灰が空気に乗って降下している。

辺りは薄暗くなる。

息苦しくなる。

硫黄の臭いがする。

これは鹿児島の人達には大変な事なのだと、初めて実感した。

これからの3日間、桜島の存在感に圧倒される。

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