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September 01, 2009

近松門左衛門

近松は大阪を代表する文化人と思っていました。

この23日に、尼崎の近松記念館を仲間と一緒に見学。

丁度、語り部の会の人が居り説明をして頂いた。

尼崎という場所は大阪と神戸、西宮等に挟まれ、ほぼ埋没してしまうような位置にある。

その尼崎が知名度を上げるべく近松に注目してこの記念館の基礎をつくったようです。

近松は1650年頃に福井の吉江藩士の子として生まれるも、都に出て、52歳の時に大阪に来たようです。 そして浄瑠璃作家となりあの曽根崎心中は初めて庶民を主人公とした物語で難波の庶民に大受けしたようです。

近松62歳頃に尼崎の廣済寺再興に尽くしたそうで、寺の裏には近松部屋が設けられ、この部屋で幾多の名作が書かれたのではないかと言われています。

その頃の文書や文机などを展示しています。

Photo Photo_2

一方、大阪。

お墓はガソリンスタンドの裏に小さく窮屈に押し込められています。

大きな違いは大阪には近松記念館のような物が無いですね。

その内に、近松と言えば“尼崎”になる事でしょう。

田中康夫さんが当選したから彼ならきっと近松を取り上げ尼崎を売り出すような気がします。

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文化・芸術」カテゴリの記事

Comments

shima様。あの近松門左さんの記念館が
尼崎にあるのですね。文楽や歌舞伎での
哀切な物語の数々を観ました。浄瑠璃作者
としては晩い年齢で、お寺の部屋で執筆な
さった……初めて知り、感動しました。

Posted by: nekozizou | September 02, 2009 03:42 PM

nekozizouさん
そうです。 大阪にも小さな近松の墓があるのですが尼崎は墓と記念館が隣同士であるのです。
尼崎の人は近松は、ここの近松部屋で話の構想を練って作ったのであろうと。
私としては近松は大阪の人と思っていましたが大阪の近松の扱い方がどうしようもなく貧相な事にガッカリした次第です。
現実には、この尼崎の記念館へ行かれると有る程度の近松自筆の書類などが見れます。

Posted by: shima | September 02, 2009 10:59 PM

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