April 2008
April 30, 2008
Gien ジアン
4月14日、式も終わり城に別れてパリに向かう。
昨日たまたまトイレ休憩した所がGienで私は全く知らなかったがフランスの有名な陶器の産地だそうです。で、皆さんどうしても立ち寄りしたいと言う。 城でWさんに相談したが契約車の為、彼女には何も出来ないようで運転手に直接交渉するしか無い。
昨日と同じ運転手。 Gienと言うと頭からノー。
再度粘ってxxeuroの現金を手渡し婿さんが持っていたフランス会話本で探しようやく解ったようでローヌ川の橋を渡って左折、川沿いに暫く行って右に曲がり工場正面で降ろしてくれた。30分程と時計で示す。
左手には博物館があるが飛ばして棚に急ぐ。
私達(女房)が選んだのはCaraibes/カリブと言うシリーズの絵柄で今まで家に無かった系統の絵柄と色。
スーパーのレジのような支払所で勘定をすると品物をテーブルに移動させ備え付けの紙を使って自分で包装する。
箱が有るが小さい。 袋をくれと頼むとどこからか大きなGienと書かれた紙バッグを持ってきてくれた、が濡れている。 粘着テープで補強する。
パリのホテルでチェックインする時に紙袋は破れた。
つまりここは金を払ったら自分の責任で包装して持ち帰る所のようです。
私の感じ:
* 色々の製品を持って見ると、非常に脆い感じのする陶器である。
* 絵柄に特徴の有る物が多い。
* が、中には何処かで見たデザインもある。
* ここの従業員からは製品に対する愛着が感じられない。
April 29, 2008
新カップルへの祝い歌
April 28, 2008
ブルーシャトーでの結婚式
この城の佇まいを見ると私の世代は“森と湖に囲まれて、、、”と口ずさむ。
屋根の色はブルー系だからブルーシャトウでいいのです。
湖の周りを歩くと小鳥の鳴き声が心地良いですね。
この城は500年前に建てられたルネッサンス風の建築で城の持ち主の話をジックリ聞くと面白い歴史がありそうです。
結婚式は門の横、建設当時から傾いている塔の下のチャペルです。
伯爵家の女性は皆、このチャペルで結婚する風習があるのだそうです。
式には当人達と両家の両親、それとWさんの持ちかけで昨夜このシャトウに泊まったフランス人の2組の夫婦。
式はこの城のオーナーである現役の伯爵が取りおこなった。
殆ど宗教色の無い式でたんたんと進んだ。
終わりに参加してくれたフランス人の一人が私は歌手だからお祝いに歌を捧げたいと、オオソレミオを歌ってくれた。 ありがとう!
イタリア語の歌詞は多少フォロー出来るので小声で一緒に歌おうとしたが、彼はフランス語で歌ったのです。
花嫁の写真を載せます。
残念ながら顔をお見せできませんが、親バカですが城となかなか相性が良い。
April 25, 2008
Verrerie城へ
式のパックの中にはパリ・Verrerie城間の送迎が含まれる。
体のガッチリした運転手がワゴン車で来た。
結構なスピードで南東、リヨン方面に向かいます。 運転手は約200km有ると言う。
やがて高速からおりると、一人がトイレに行きたいと言うので運転手に伝えると解かったようだが中々場所が無い。 日曜日だからスタンドやレストランも閉まって居る。 せかせられて再度頼むと解かったのかどうか不確かな顔だったが、やがて小さな町に入りほぼ中央で止め、ここと指差す。
私が先導で降りると丁度ロータリーの真ん中で地下に降りる階段があり、降りると確かにトイレ、汚れたトイレが有った。 昔どこかで見たような便座の無いトイレを使うように薦めた。
その町はGienと言う。 この事が翌日の帰りに連結します。
更に田舎道を30分程走りようやくそれらしい景色が広がりVerrerie の表示が見えて来た。
小さな湖の向こう、雨の中に浮ぶ城が見えた。
Verrerie城だ。 城には日本人女性のWさんがおり、部屋と城の案内をしてくれる。
ここは現存するVerrerie伯爵個人の所有する城で領地である。
夕食は城の入り口近くの改造農家です。
この夕食が大変で。
最初がフォアグラとテリーヌ。
皆完食したが、それが間違っていた。
私は後から出てきた魚料理の皿、肉料理の皿、は殆ど手がつけられぬ。
最後のデザートを戴くしかなかった。 まったく中抜き!
翌日に式を控える状態ではこの料理は無理である。
April 23, 2008
シャンゼリゼの夕食
娘が結婚式をフランスですると聞いた時、そんな馬鹿な事をするなと私は反対した。
しかし、説き伏せるエネルギーや、その為に来る気まずさから消極的な気分でパリに来た。
その夜、土曜日で午後8時過ぎ、ヤバイと思いホテルのフロントのマドモアゼルに聞くと、難しいと思うが電話しくれて見ると彼女の顔が笑顔になった。 9時で取れたと。
凱旋門とエリゼ宮のほぼ中間にあるそのレストランはアルザス地方の名物料理が得意なようだ。
隣の二人の老婦人に何がお薦めか聞く。 フランス語しか話さないがちゃんと教えてくれ、ワインまでアルザスのこのワインが良いと。
豚肉は見た目よりもあっさり目だから食べてしまった。
隣の老婦人の一人、60歳位か、が立ち上がりさよならを言った。
もう一人の70歳位の老婦人が、手まねで、あの人は車を取りにいった、と。
エー! ワイン飲んで居たのにと言うと少ないから大丈夫と言ってさよならをして出て行った。
これはフランス流ですね。
April 22, 2008
不都合な携帯電話
4月12日、関空を出発時に携帯の電源を切った。
4月21日帰国時に電源を入れたが入らない。
海外では一切携帯は使わなかったから海外とは関係無い。
販売店に持って行くと電源が入らず、中のデータが取り出せない状態でサービスセンターにて修理が必要だとの事で、代わりの携帯電話を受け取った。
問題はその代わりの携帯には自分の電話番号とメールアドレスが入っているだけで他は何も無い。
携帯電話は便利だがその便利さの御蔭で電話番号や携帯メールのアドレスを他に記録して無い。 つい3-4年前までは小型の電話帳をもっていたのに、何時の間にやら、そのような習慣を忘れてしまった。
だから相手の携帯電話番号やメールが無いのである。
こうなると携帯電話は不都合な代物となってしまった。
April 11, 2008
April 09, 2008
April 07, 2008
しまなみ海道縦断 P2
3月29日、前夜から予想されていたように朝から雨降り。
6時に朝食をとり7時に出発。
今回の目的は今治から尾道まで横断する事が第一。
自転車だから周囲の景色が見えるが今日のような雨降りでは景色が冴えないからひたすら尾道を目指します。
最初の橋、多々羅大橋を経て生口島に渡る。 ここにはサンセットビーチや耕山寺、平山郁夫美術館があるが雨中を終点目指し疾走する。
自転車でのグループ移動は速度が速いから直ぐにグループの誰かが迷子になる。
その時に心強いのはバイク組のヘルプと携帯電話。
しかし雨具の下に入っている電話を取り出すには自転車を止めてカッパのズボンを開き下のズボンから取り出す頃には電話は切れる。 こちらから掛け直して話すと5分位はかかる。 すると、それまで一緒に居た人の姿は見えない距離に行ってしまう。
そして生口橋を渡って因島に到着。 この島には2年前に来た。
10時半過ぎに雨で皆の体が冷えて来ているのでバイク組に暖を取れるレストラン、喫茶店を探すように依頼したが中々見付からない。
雨の日、日曜日、人が居ない、等の諸条件でどこにもそんな場所が無い!
因島大橋は2年前に歩いて渡ったが今度は自転車だ。
結局、見付かった食堂は向島も北端のフェリー乗り場のほぼ前。
12時に到着です。
今日の行程:
* 宿から多々羅大橋 約 5km
*多々羅橋から尾道 約34km
合計: 39km
食後、駅前フェリーで本土に渡り尾道駅前で自転車を返却。
全員シニアのグループが雨の中、誰一人落伍者が無く無事完結できた事は最高でした。
二日間の合計距離:91km
えー! 91km。
April 05, 2008
しまなみ海道縦断 P1
3月28日夜半過ぎ、つまり29日の午前零時15分大阪駅発、ムーンライト松山で今治にむかう。 青春18切符です。 私たちのグループ以外にも多くの人達が18切符での旅の様子です。
朝、6:40今治着で普通に乗り換え直ぐに波止浜駅から歩いてサンライズ糸山と言うサイクリングターミナルで3段切り替えギアー付の自転車を借りる。
自転車組12人とバイク組4人で出発!
橋に上がると東側の海峡が朝日に光る。 その中を快調に走り出して気持ち良い朝の風を切って順調にわたる。
橋から降りる自転車道で殆ど始めての経験をした。 つまり、かなりな下り勾配の急な道を、ほぼブレーキを掛けずに、曲がりは体を倒して重心を移動して下る。最高のスピード感で気持ちが良かった。 私だけでなく皆さんが体験した。
大島は小さな長い坂で最初の体力消耗するがまだ余裕がある。
ほぼ真ん中に来た時に進行方向真ん中に完璧に左右対称の山が見えてきた。
道路際で作業中の女性に山の名前を聞いた。八幡山、別名大島富士と教えてくれた。
大三島橋で今日最後の島、そして宿泊地のある大三島に渡る。
大三島ではほぼ西海岸沿いに島の真中位まで平坦な道を順調に、しかし皆さん少々疲れ気味。 多々羅大橋の所で話合った。
結果、自転車組全員が横断道路を経て大山祗神社へ行く事になった。
横断道路のほぼ中央にある峠越のシンドかった事!
前庭には樹齢2600年と書いた説明があったから本当に古い神社なのだ。
国宝や重文がギッシリと詰まった宝物殿を早足で見た。源頼朝寄贈の鎧!
皆さん嫌がっていた帰りの峠越えは無理をせずに歩いて自転車を押して越し、北上して、しまなみふれあい交流館に到着。
この交流間は写真でお分かりのように鉄筋コンクリート2階建てでまだ新しい。
今夜はバイク組が途中で調達して来た食材を使って庭でバーベキューとなった。
ここまでの行程:
* 出発点から多々羅大橋まで。 約32km
* 大島で開山往復 約 5km
* 大山祗神社往復 約10km
* 宿まで 約 5km
合計: 約52km
自転車とは言え大阪から京都を越す距離である。



















































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