ミゾレの中の花火
1月16日に”下呂温泉”を紹介しました。
そして到着日の夜にミゾレの中での打ち上げ花火を震えながら楽しんだ。
その動画をYoutubeに載せました。
勿論初めてです。
Youtubeのページを立ち上げて下さい。
そして検索窓に”ミゾレの中の花火”を入れてクリックすると
動画画面が出てきますから、その上でクリックすると動画が始まります。 画面を大きく出来ます。
お試し下さい!
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そして到着日の夜にミゾレの中での打ち上げ花火を震えながら楽しんだ。
その動画をYoutubeに載せました。
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青春切符で大鳥羽を8:42の普通電車で出発し敦賀乗換えで金沢到着が
12:25.約3時間半の旅。結構混んでおり座れない客も居る。
雪の兼六園を見る目的なので雪の心配をしたが多少はありそうだ。
兼六園は何回も見ている。
でも、雪の中では今回が2回目。
江戸時代に基礎が作られ代々の前田家が手を入れ作り上げた庭園はその歴史の重みに支えられじっくりと美しく佇み何時来ても違った表情を見せてくれる。
だからこの時期、悪天候にも拘わらず多数の観光客が居る。
徽軫灯籠から見る霞が池の景色は誰でも知っている景色であるが、適量の雪が乗った景色は矢張り圧巻。
これも冬の定番であるが、雪吊りの縄と松の緑と雪が織り成す姿も美しい。
私にとってここは時間をかけて来て見る価値のある景色でした。
参考までに帰りの電車は:
金沢15:36-17:01福井乗換えで17:44-18:37敦賀。
そして敦賀発18:55の新快速で大阪21:18に帰着。
リーダーのTさんは青春切符のエキスパートで、出発から大阪帰着まで私が切符に触る事さえ有りませんでした。 因みに昨日大阪を出発してから大阪帰着までのJR往復切符代金は4,600円。(2,300x2)
今、シニア世代の利用者がかなり居ます。 第二の青春に必要な切符です。
12日に青春切符利用で大阪駅を出発。 余呉駅から賤ヶ岳縦走に入る。
残念ながら雪が無い。
小雨が降ったり止んだりする中を山頂到着。
普段は足下に見える余呉湖全体が雲に覆われ見え隠れ。
問題が起きたのはJR余呉駅で北陸線近江塩津行き普通列車の終点近江塩津で次ぎの電車に乗り換える時であった。
通常であればここで湖西線の15:03の電車に乗り換え敦賀に行く予定が、湖西線の北小松付近が強風の為に電車の運行を中止していると、アナウンスがあった。
結果、それから約2時間、この小さな駅で、限られたイスと暖房の中、我々を含め約6-70人がイライラを募らせで待つはめになった。
JRの事故では何時でも何処でも同じ事であるが、JR側は誰も的確な情報を乗客に伝えない。 乗客をお客として認識していない事である。
その間、北陸線の特急はここに停車せずに通過。
特急優先だからローカル線は後回しにされる悲哀を身に滲みて味わった。
北陸線、米原方面から来た普通電車はこの駅が終点で回送になる。(そのまま敦賀まで運行しろと言ったが無理ですと)
漸く強風が収まり湖西線から来た電車で敦賀に、そして乗り換えて大鳥羽へ。
民宿に着いたのは18:40頃。
山の会の忘年会は下呂温泉。
朝の9時にバスで新大阪出発して途中の道の駅で昼食後、午後2時にホテル到着。 夕食及び朝食はバイキングスタイルで翌日午後2時にホテル発で新大阪が午後8時。
この行程、一泊2食付バス代金込みで9,800円!
このグループ、北陸、和歌山、下呂など温泉地の経営難の一流ホテルを買い取り運営を合理化して利用顧客数が増大しているのです。
本来、下呂の近くの山に登ろうと計画したが午後2時の出発ではチョット山登りは無理。
到着日の夜は、初体験のミゾレが降る寒い中での花火が行われ印象に残るショーでした。
翌日は10軒程の古い萱屋根民家を移設した村に行くと丁度餅つきがありゼンザイの振る舞いがあり、芝居小屋が無料で開いていたので入場。
床には桟敷が切ってあり座布団に座る。全くのレトロな雰囲気!
下呂の芸者衆による踊りは、、、ちょっと、お年が召されていたがスムーズに流れる踊りを見せた。
スケジュールに合わせ何をするかをはっきりさせれば、9,800円は非常に魅力的です。
11月24日は服部先生の案内で能勢に行き里山を観た。
ここに現存する本当の里山が残って居る理由は表、裏千家等の茶道のおかげなのです。
ここで菊炭を本職として作っているこの名人は、周りの山主と契約して炭の材料となるクヌギを取り入れる。
この地区のクヌギは台場クヌギと称し地面から1-1.5メーターまでは直径が大きいがその先から出る芽が成長して7-8年経つと炭に適する大きさとなる。 台場クヌギは
* 発芽場所が地面から1-1.5メーター有るから鹿やウサギ等に芽が食べられない。
* 台は継続する—100年、150年の物がある。
だから伐採された台場クヌギは7-8年過ぎると再度伐採できる。
このように実際の職業としての炭焼きが成り立っているから昔からの本当の里山が、ここの残っているのである。
菊炭はクヌギその物と焼く時の温度、時間、などの管理ノウハウで見事な菊模様がうまれ、
火持ちが良く、撥ねず、香りが良いので茶道では最高の炭として使われているのだそうです。
この菊炭作りが継承され、その原料を供給する里山が存続する事を願うのみである。
11月14日に服部先生による講義があり24日には能勢で実際に里山をみる。
講義で先生は“里山を復活する或いはした”という話には疑問が有ると言われる。
日本に現存する本物の里山は猪名川上流域で一庫炭・池田炭の生産地として生き残っている。 本来、里山とは住民の生活、特に燃料の供給場としての機能が有ったが燃料革命(炭、薪からガス、電気に変わった)以来、里山は放置されおり復活は不可能だ。
私も里山とは住民の近くにあり優しい場所をイメージしていたが、実際はもっと厳しい場所である。
写真は24日に言った能勢のケーブル駅近くから見た写真で解るようにかなりの傾斜地で手入れにはかなりの苦労が居る。
従来の意味での里山の復活は最早不可能であるが服部先生は“心林方式”を提唱して、市単位から県への広がりを見せ始めている。
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