« March 2006 | Main | May 2006 »

April 2006

April 24, 2006

クラブ織

シニア自然大学の組織の中に“クラブ織”を発足させた。

このキックオフミーティングで発見した事がある。

つまり織りが簡単である事が誰も信じられないようです。

平織りなんか誰にも理解出来る事と思っていた。

4-50年前には、田舎の殆どの人たちが知っていた事を現在の

大人達が知らない!

このクラブの目的は、子供達に“織”は簡単で誰でも出来る事と

伝える為です。

しかし、その前に大人達に理解してもらわないと。

そういう訳で、来月半ばに織りの体験をしてもらいそれで実際に自分で織って貰う。

簡単な古代織りの道具を作った。

Zentai_1

全体写真では織り前から変わり筬、綾取り棒がみえます。

変わり筬は、経て棒の真ん中に穴があり、糸を端から、棒の間、棒の穴、

棒の間、棒の穴、――と配置する。

変り筬を上げると赤線で示したように、棒の穴に入った糸が一本置きにあがり

赤糸の入る角度が出来る。

Yoki_1_1

変り筬を下げると棒の穴に入った糸が下げられ青糸が入る角度が出来る。

これを実際自分で体験すれば織りの基本が理解でき

ると思います。

Yoko_2

| | Comments (4) | TrackBack (0)

April 19, 2006

通り抜け

Ohtemaritex 今年の通り抜けは今日が最終日です。

今年の花は大手鞠です。 非常に豪華な花です

Taizanfukuntex Ayanishiki_tex Fumenzou_tex Ohchouchintex

Sumizometex

続いては泰山夫君、そして綾錦、普賢象、大提灯

墨染も有ります。

それから大島桜:

一時このオオシマザクラとエドヒガンとの雑種がソメイヨシノと言われていました。 伊豆大島、伊豆半島等で自生し薪や桜もちの桜葉の塩漬けに使われたそうです。Ohshimasakuratex

| | Comments (4) | TrackBack (0)

April 18, 2006

woolhorse E

今日、私の英語ブログwoolhorse E をMy List に追加しました。

この英文ブログは、私の現在の英語レベルを維持する為です。

記事はこのwllohorseと同じような記事、及び独自な記事もあります。 但し、頻度は少ないです。

My Listに登録した理由は、私自身に圧力を掛け出来るだけ継続努力をする為です。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

かりん

4月8日に乗せたカリンの蕾が開きました。

Karin_1

| | Comments (4) | TrackBack (0)

April 16, 2006

二紀

一昨日、友人が出展している神戸二紀会に行ってきた。

会場に入って4-5m歩いた途端に、絵の印象が強烈に襲って来た。

なんだろう、この間見た日展とは全く違う雰囲気である。ここには日本画、

洋画の区別が無い。

絵のモチーフが違う。

なにかタイムトラベルのような、SF的な世界の印象が強い。

また、なんとなくアジアのダイナミックさを感じる。

絵のモチーフとその表現に創造性を感じる。

家に帰って二紀会のHPを調べると、下記の主張があった:

美術の価値を流派の新旧に置かず、
皮相の類型化を排する。

具象・非具象を論じない。
流行によって時代を誤ることを極力避ける。

真に新たな価値を目指し、創造的な個性の発現を
尊重する。

情実を排しつつ新人を抜擢し
これを積極的に世に送ることに努める。

非常に当然な主張ですね。

それを主張する所に旧来の美術界に問題があるのだなと感じる。

見終わって、そのダイナミックさを強烈に感じたが、殆どの絵から、なんとなく同じような感じを受けたのは私だけなのか?

これは美術に素人の私が受けた感じです。Sany0051

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 11, 2006

マイリスト

過去に何度かマイリストを作ろうと思ったがいずれも失敗していました。

今日は、やり方をプリントアウトして、なんとか出来ました。

My List です。 カタカナのマイリストは失敗の分で消し方が解からず、何れ消します。

ヤレヤレ!

| | Comments (6) | TrackBack (0)

April 08, 2006

ハナニラ

ハナニラが満開です。Mure

ムスカリも満開。

Musukari

カリンの花目が膨らんできました。

Karin 

| | Comments (4) | TrackBack (0)

花見

今年の花見は4月5日に高津神社でやる事になっていた。

当日、雨はあがったが寒いので急遽一心寺の会議室を御借りてやると言う。

日本人と花見は切り離せないが必ずしも花は必要で無い!

サクラの下で酒とバーべキュウに忙しくちょっと見上げたらサクラが有るのに見もしない。

だから会議室で花見の宴をしても何ら不思議でない。

長老の友人、芸術家、山家、エッセイスト、など等、不思議な巡り合わせで楽しく飲食し歌も飛び出した。

アラブ語の歌、スペイン語の歌、若い歌、古い歌、軍歌!!

へー、若い人達も結構カラオケ症候群に陥っている。

出だしは歌えるが歌詞が出てこない。

多分23:30位でお開きとなった。

それで一心寺の夜桜をご覧あれ。

Yozakura

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 06, 2006

桃花見断念

そんなバカな!

私の足の状態であれほど楽しみにしていた48日の桃花見に行けなくなってしまった。

一昨日から左足の踝が痛み、でも治ると自信を持っていたのに昨日、今日と痛みが増す。

今日、たまらず総合医療センターへ行きレントゲン写真を撮ると踝の骨の外面がアキレス腱が伸びて来たあたりでササクレ立っている。

医者はシップをして安静にしていないと治らないと。

考えられる原因は、江田島、因島、ヤマトの行程は結構平地歩きが多く、しかし私は通常の登山靴であるいた。  この登山靴が曲者で、28,000円も出して買ったのに相性が悪く1年半も経つのにまだ喧嘩状態。

結局、この靴の踵が当たる内面が骨を圧迫し、ササクレ立つ原因と思う。

レントゲン写真のイメージをスケッチして記録に残す。

R2

| | Comments (4) | TrackBack (0)

April 05, 2006

ヤマト

4月2日、当初は予定していなかったヤマトを観る。

もちろん、いま話題の「男たちの大和」ロケに使った前半分実物大の大きなセットです。

当然だとは思いましたが、艦体を触ると木製でした。 その塗装技術は見事でいくら近くにいっても鋼鉄に見える。

甲板を歩いて艦首まで行くとさすがにその大きさを実感する。

Yamato_head Yamato

それと同時に何故こんな大きなものを作ってしまったのか?

軍拡時代の当時、大きい事は良かったのか?

大和が完成したから戦場に出航しなくてはいけなかったのか?

出港したら米空軍機の餌食となる事は解っていたのに。

つまり、最早不要と解っていながら作る広大なダム(一度、岐阜の徳山ダムの建設現場近くを通ったが、その大きさはヤマトの大きさ等比較も出来ないくらい大きい)を作り続ける国土省(所謂、官僚)のように現代も“解っちゃいるけど止められない”が継続している訳ですね。

当初3月31日までの予定を延長して5月7日まで展示公開するようで、既に数十万(7-80万?)人の人たちが訪れたそうです。

訪問者を見ると年配者だけで無く結構若い男女も居ります。

なぜだろう?

私はこれを見ても映画を見る気にはなれない。

Yamato_bridge1 Yamato_bridge2 Jyuza

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 04, 2006

江田島

4月1日、かなり昔からここに来たかったが漸く実現した。

門には海上自衛隊第一術科学校、幹部候補生学校と書いてある。

Gate

守衛所を入り案内人が殆ど同じ船できたグループを引き連れ構内を案内する。

海軍兵学校は1888年(明治21年)に築地からこの江田島に移転して来たそうです。

構内は綺麗に手入れされており気持ちの良い印象を得ました。

最初は大講堂に案内され1917年に御影石で出来た重厚な建物で数日後におこなわれる卒業式の準備が整っている。

Koudo_inside

幹部候補生学校の赤レンガは明治期に英国から輸入された物でいまでも鮮やかな赤を見せてくれる。 手入れが良く出来ているのだな。

学校の前に植えられている黒松は真っ直ぐ上の伸びている。 この学校の精神はなんでも真っ直ぐにと。

School

今回一番印象に残ったのは教育参考館の展示物である。

階段を上がった正面には東郷元帥の遺髪が納められいる。

展示の日清、日露戦争の資料や特に戦争の模様を書いた絵に興味がある。

昔、家にあった絵本で記憶にある決死で旅順港閉塞後、短艇で引き上げて来た模様や蔚山沖海戦、日本海海戦の模様を書いた絵には非常に親近感がある。

そして数々の死に行く若人の遺書は時間があればじっくり読みたい。

ここを出てきて私はこう思った。

Museme_1

敗戦後、朝鮮戦争が始まり、日本に軍備をさせないと決めたアメリカの要請で軍備をはじめた(所謂、再軍備)から海上自衛隊も当初はすべて米軍流の装備、技術、指導方、を行ったはずである。

しかし、海上自衛隊は、東郷元帥を日本海軍の始祖と崇めておるように感じ、そして、いつの間にか旧海軍の精神を引継いでいるのではないのだろうか。

ここで勉学に励む幹部候補生が身近にある教育参考館の展示物を見れば当然その影響は大きく受けるであろう。

そうであれば、私の願いは、その精神は明治期の東郷元帥時代の精神であって、

後年の大和を作ったような精神で無い事を望む。

私自身は軍国主義者でも右翼でもありません。

ただ、自分の国は自分で守る事を当然と思っており、候補生の行進を見て胸が熱くなりました。

Students

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 03, 2006

江田島、ヤマトの旅 その2

江田島、ヤマト その2

42日は、宿に御願いして白滝山に登るべくフラワーセンターに車で送って貰う。

ところが運転手の好意で山頂間近の駐車所まで送ってもらうから6分で山頂へ。

登る前は、大した山で無いから、マーいいかと思ったが登頂後は、やはり少なくともフラワーセンターから自分の足で登るべき山であったなーと思う程、形が良く山頂からの景色が良い山であった。

Shiratakiyama Mout_view

残念ながら雨模様の空は望遠を難しくする。

下山すると因島へ行くバス停まで歩き、ここまで歩いたのであれば、いっそ因島大橋を歩こうと言う事になり歩き続ける。

 山の上からNanohanaも歩きの行程でも荒れて手入れがされていない畑は皆無。 この島の人達は畑を大事にして居る事がわかる。

ただ廻りの沢山有る蜜柑畑は全くわからぬ。 蜜柑が落ち放題で腐っている。 落ちている蜜柑の新しいのを拾って食べると旨い。 また拾って食べる。 すると又旨い。

これは悪い事? イヤせっかく実った蜜柑の為には良い事。

因島大橋の歩道橋は車道の下にあり自転車、バイク等は50円の通行料が必要だが歩行は自由。

Hashishita

Innoshima_ohashi

結構な高度がある歩道橋を歩くと雨が降り出し向島の橋脚を降りる頃は土砂降りで小公園の東屋にブルーシートを張って雨を凌ぎバーベキューをしている一団の中に休憩を求めるとビールを戴き、更に焼き魚、生魚、野菜を提供され男は遠慮しながら、女は堂々と戴く。 この人たちは同じ会社のメンバーで今日は花見の宴会だったそうです。

これからバス停に行きたいとその場所を尋ねると、それなら車で送ってやると、御酒を殆ど飲んで居ない人の運転で8人づつ、2回、バス停で無く今日の目的地ヤマト(日立造船向島西工場)まで送って頂いた。 後で皆さんの話しを合わせると運転してくれた人は酒に酔っていたのではないかと思う。ヤバイ。 でも感謝の限りである。

今、この向島はヤマトの御蔭で交通渋滞がおこり、また当初3月31日まで公開の予定を5月7日まで延ばした程人気があるそうです。

ヤマトに就いては別稿で。

不思議なのは造船所の入り口からヤマトまでバスがピストン輸送をしており、その窓から見える造船工場内部は装置がサビつき長らく使用していない様子で、ヤマトの隣のドッグの保存状態は最悪に見える。 この工場は閉鎖されていたのだろうか?

Ferry

ヤマトの裏側に有るフェリーはピストン運転で直ぐ対岸のJR尾道駅

へ。帰りはJR尾道駅を15:59発で姫路まで。 そこで新快速に乗り換えて神戸、大阪へ帰る。

     帰りの電車で女性リーダーの携帯にロッジより電話が入りネックレースの忘れ物が有ると。 リーダーは一瞬だれかがロッジの何かを持ち帰ってのでは無いかと恐れたそうです。

     姫路駅で乗り換え時間が無いのにホームの案内掲示に間違いがあり皆怒る。

     姫路までの電車で座席の横にいた若いアベックがペットボトルを放って何処かにいった。 しょうがないからメンバーが自分達のゴミ袋にいれる。

乗り換えた電車に同じアベックがいたが彼が捨てたボトルを我々が持っている事など当然知らない。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

江田島、ヤマトの旅 その1

誘われた時、自然大学のグループとのスケジュールで一部重複するがなんとか折り合いが付くようにして、行く事にした。

それは江田島にどうしても行きたかったからだ。

それでもリーダーである女性が苦労して作ったスケジュールは見事。

1.JR大阪駅41日午前零時15分発のムーンライト松山と言う快速に青春切符で乗車。 この列車は非常に人気があるので発売とほぼ同時に全て指定席の座席は一杯になってしまう。 松山到着は同日午前7時45分。

Shikokusanmyaku Matsuyama_off

  

2.いそいでタクシーに分乗して観光港へ行き

3.午前815分発の呉行きに乗船。この船中で朝食、私はさぬきうどんを頼んで食べる。

4.さて、呉港には10時10分着で、次の江田島小用(こよう)行きの船は10時15分発。

Koyo

5.20分で小用に付くと直ぐにバスに乗車して自衛隊へ。

江田島については別稿を書きます。

6.昼食後、自衛隊発13:10のバスで小用へ。

7.江田島の小用を13:38発の船で13:58に呉着。

Seto_view

8.JR呉を14:16発で三原に16:01着。

9.JR三原を16:13発で尾道に16:29着。

Ushokun_sakurachan

10.尾道16:50頃発のバスで因島の土生に17:30頃着で

11.宿の車で、いんのしまロッジへ到着。

上記項目は今日乗った交通機関で一日で計11回も乗ったのです。

初めて計画書をもらった時、まさか、16人のグループでこんなスケジュールが出来るはずが無いと思ったのですが、なんと全てが計画通りの時間で進みました。

この宿は国民宿舎で建物は古いが多分民間委託で営業している従業員たちは一生懸命お客をもてなして、その古さをカバーしようとしているのだろうか。 

このロッジは山の頂上に在るので建物のどちら側の部屋に入っても景色は抜群。

残念なのはホテルの廻りは桜がイッパイなのにまだ開花に一週間はかかる。 入浴後、一階のレストランで夕食。

そして、私の部屋に集まり2次会。  江田島の影響か軍歌を皆で歌う。

乗り物の影響で頭の中がグルグル廻り、酒が更に加速し、、、

     ミステリー

江田島から出発したフェリーが半ば位のところで私の携帯が鳴った。

「こちらは広報ですが今日はこられましたか?」 つまり自衛隊の広報から私達が訪問したのか確認の電話である。 勿論行って見学し、今フェリーで帰る所と言った。

どうしてもわからぬ。 申し込み者名と今日ゲートで記入した代表者名が同じで16名が入門したのに、広報は確認出来ない? 頼りないねー広報さん。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« March 2006 | Main | May 2006 »