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August 2005

August 31, 2005

野分

野分けは俳句の秋の季語。

先日の和知では野分けの通った跡を田圃に見た。

今、まさに秋。

もう秋ですね。nowake1 nowake2

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August 30, 2005

萱屋根

萱ハウス

同じ班の絵 をやっている同級生は10数年前から京都府下の和知に萱屋根でイロリの有る家を持っている。

行って見ると、聞いた通りの萱屋根でイロリがあり、見た途端に嬉しくなった。

彼の家は集落の他の家から離れているからよけいに素晴らしい。

murakami_house_3 murakami_house_4

また、少し下った所には綺麗な水の流れる渓流があり、その流れの上に彼は大きなテラスのある小屋を建てている。

この二日間で普段街中の教室では見えない彼の人間性の大きさが見えた事が一番大きな収穫であった。

願わくば雪の降る頃、震えながらイロリにあたり、酒を飲んで静かに話したいものだ。

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August 29, 2005

織りシステム

ミニ織機を作ってしまった。

自然大学の活動で11月に子供を対象にしたエヴェントがありそこに私のグループ10人で何を出品するかの検討を行い小物の工作出品を決定した。つまり私のミニ織機は不出品。

私のミニ織機が生まれた経緯は、

1.以前の野外授業で河川敷公園に生えているイ草を始めて教えてもらった。イ草が軸を真直ぐに伸ばしている姿が目に焼きついていたので何か利用できぬか。

2.先ず試作したのが昔近所の農家で蓆を作る作業が目に浮び簡単な装置を作った。

自分でイ草を挿入して結ぶ作業をすると約6cmを作るのに小一時間要した。

3.ここから突然織をやろうとの発想が浮び揚がる。詰まり、これであれば比較的短時間で自然物(イ草)を織込み加工すれば壁掛やコースター等作成出来、しかも他のグループが絶対に考えないであろうユニークな出し物になる。

4.織機は昔近所で手機(てばた)を織っている所を良く見ており、基本的な動作は全て頭の中に入っている。

5.建築廃材を入手できたので適当なサイズの材料を並べて、頭の中の織機デザインから何処にどの材料を使い、どの様に加工したら良いかを頭の中で検討する。(4-5日)

6.だいたい構想が出来てから2日で最初のミニ織機1号が完成。 経糸に綿糸を使い横に幅を合わせて切断したイ草を一本一本挿入し試織をして見事織りあshokki_1がる。 

shokki_1_2 sample_1

   

7.更に欲が出て2号機に取り掛かり3日で仕上げる。

8.これで訪れた子供達自身に12-13cm織らせ、枠を加工指導して持ち帰ってもらう。 約20分位か。

しかし500-800人位の来場者が来る事を基本に考えているので、この織りシステムは無理という事になった。

私が1号機の写真を見せたある人は即座にこのシステムの価値と更なる利用拡大を話し始めたので、もしこのシステムが採用されなければ1号機はその人に贈呈すると約束。

2号機は更に改良を重ねて可能性を探る為、手元に置く事にした。

下の写真2枚が2号機です。

shokki_2  shokki_2_1

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August 24, 2005

長松海岸

大阪府の南端、みさき町の“長松自然海浜保全地区”も大阪湾では最後の自然海岸の一つである。 この長松海岸は以前、ゴミでかなり汚れていたがボランタリーグループ等の活動で今は綺麗に維持されている。

ここの磯は干潮時に海水がかなり後退(最高潮位差約2m)するので、多様な生物を観察できる。

20日は約40人が磯で生物を採集して、魚、貝類、ヒトデ、蟹、海藻等かなり大量の生物を採集(終了後、全部海へ戻した)し、先生が同定説明を行った。 特に興味を引いたのは、蛸のように長い足を動かし動き回るクモヒトデ、ヤツデヒトデ(通常ヒトデは5本の足を持つが、これは八本足で、二体に自己分裂して増えてゆくそうだ)、海綿(昔、家では海綿を良く使っていた)等。 海綿は動物だそうです。

デジカメが海に!

黄色の海綿を採集したらその中に2cm位のゲジゲジ状の生物が居り先生にそれを見せ何か聞こうと思った。 そのゲジゲジ状が動き回るので逃げないように海綿を回しながら岩礁から次の岩礁へ渡ろうとした時に転んだ! 一瞬、首から下が海に浸かる。

皆さんの前で転んでしまい、これで2年間フルに使ったデジカメはその活動を停止した。

この写真が遺作です。isaku isaku2

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August 18, 2005

現代美術作家パート2

重陽の節句:

一昨年、昨年、と植村さんの新重陽の節句の手伝いをしました。

これは自分も祭り事に参加出来る手ごたえを感じた時でもありました。

先日の記事に対し植村さんより:

     今年も、109日にお初天神で行う。

     手助けを。

と言うメールをもらいました。

五節句って御存知ですか? 調べると以下のような節句が有ります。

              正月七日:           人日(じんじつ)

              三月三日:           上巳(じょうし)

              五月五日:           端午(たんご)

              七月七日:           七夕(しちせ)

              九月九日:           重陽(ちょうよう)

昔中国では、九月九日は陽(奇数)が重なり、奇数の中で一番大きな数字の組み合わせを好運と見て、この日、“ぐみ”の実を袋に入れ丘や山に登ったり、菊の香を移した菊酒を飲んだりして邪気を払い長命を願う風習が有ったと言う。

それがやがて奈良時代に日本に伝わり宮中や寺院で菊を観賞する宴となり、江戸時代には武家の祝日になったといわれる。 また、未だ蕾みの菊花に綿を被せ菊の香と夜露を染み込ませて宮中の女官たちが身を清めたそうです。

写真は昨年台風接近により神社内のホールで行われたトーク。

もう一つの写真は一昨年の物で、真綿で菊を覆いこれに夜露を含ませます。

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August 17, 2005

隣の二人

隣の二人

山から下りて先ず目に入ったのは、すし屋が出している生ビールの看板だが、すしや刺身を進められてもとても食べる気にはならないからここは敬遠。

隣の喫茶店に入り“この辺に風呂屋はありますか?”“いえ、ここにはありませんよ” “お宅では生ビールを置いてませんか?” “ありません”

1区画を回って次に目に入ったのが、うどんと生ビールの看板。

入ると7-8人が座れる程のカウンターがある小さな店だが、汗だくでも快く向かえてくれた。 頼んだ生ビール一気に入ってしまう。 一息入れて良く見るとここはなんとなく居酒屋ではないか。 ママは70歳をとっくに越しているが、昔は美人であったに違いない。 大阪、京都で水商売をやっていたようだ。

酒はK菱でないとダメ、他は味が薄くて飲めないそうだ。

生を2杯そして芋焼酎のロックを頼んだ所に高齢の二人連れが入って来て隣にる。 

一人は茶(やけに日焼けしている)でもう一人は白(日光に当って居ないように色白で無精ひげも白い)で、いずれも60歳以上、70歳近辺。

“ご主人、邪魔しますよ” 私はどうぞ、どうぞと歓迎の意を顔で表す。

それで御互いに少し飲んでいると、二人の内の茶が“このママさんは美人や”

そうだ、美人だと相槌を打つ。

“ご主人、ワイらは都島を出てきましてん” 

“ハーそうですか、私も都島に住んでいますよ” 

“いや、ワイらは都島を出てきましてん 

“出てきた? はー、まさか拘置所ですか?” 

“ん” 

そして茶が、“今度ここへ来たら、ここから三つ山を越えて源氏の滝へ行ったらええで”

とさかんに薦めるので、

“源氏の滝の名前は知っているから、今度行って見るよ”と答えた。

その内にぶつぶつ何か言ってる白のほうが酒の入ったコップを倒した。 それを期に茶がほなぁ、帰るわ”といってママに二人別々に勘定を払った。 そして茶が白に

“車を持ってくるから少しまっときや それで私は思わず

“おっちゃん、酒飲んで車運転したらあかんで” 

“いやー、大丈夫や、直ぐやさかい” 

ふっと外を見るとパトカーの姿が見えたので引き戸を開けると5m程の所にパトカーが止まっている。更に30m程東で警官が3-4人と盛んに話している。 事故だな。 

“おっちゃん、今そこで事故が有ったようで警官が3-4人おるわ。 これで車運転したら、あかんやん” 

“そうか、ちょっと見てくるわ” そういって出て行ったが中々帰って来ない。 

白は相変わらずブツブツ独り言を言ってる。 それで気になって外へ出てみると事故現場らしき方向から茶が歩いてくる。 その時始めて知ったが茶は足が悪いようで両方の足が“くの字”型に曲がっている。 そして白に“もうちょっとまっとれ”と言って再び出て行く。 それで又中々帰って来ない。

ママは店を閉める体勢に入ってる。 仕方なく白に外で待っていようと声を掛けると漸く立ち上がる。 が、彼もまともに歩けないので肩を支えて戸口に送る、そして彼は戸口で立ち止まり動かない。 ママが外へ押しても動かない。 で私は再び彼の肩を支え茶が行った方向へ歩き出す。 事故があったらしい場所にはもう誰も居なくなり、その横で少し通りから引っ込んでいる金網の柵に彼の体を預ける。 そして

“いいですか、友達が来るまでここを動いたらあきまへんよ” そう言うと

“あんさんは、いい人でんな。 名前はなんと言いなさる? ワイはk林でんねん” 

“じゃー、k林さん、ここを動いたらあきまへんで” 

“ワイは刺青がありまんねん” 

“へー、じゃ見せて貰えますか”と、言うとk林さんは左のシャツを中ほどまでたくし揚げたが急に気が変わりシャツを元へ戻すから良く見えなかったが、多分刺青を消そうとしたような跡が目に残った。

店に帰るとママが“ご苦労はん” と言ったので“あそこに置いて来たがちょっと心配ですね。 お客さんでしょう?” そう言うとママは“いえー、家の客ではありまへん。もうほっといてええから早くお帰り”

まー、山から降りた直後の一時間で生ビールを二杯と芋焼酎のロックを飲んだから酔っていたなー。

でも俺は何をしてたんだろうなー。

あの二人は一体何物なのだろう。

そう言えば、あの二人は目が全然笑っていなかったなー。

あのママは昔は美人だったろうなー、しかしエゲツナイこともいってたなー。

気になりながら電車に乗るともう忘れてしまった。

でも京橋に来るともう一度飲み直しをした。

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August 15, 2005

現代美術作家

植村さんは山の関係で知り合った“現代美術作家”です。

もう3年ほど前から展示会は出来るだけ観るようにしてきた。

当初は“これが美術か”と理解出来なかったが少しずつ心に響くようになってきた。

先日谷六での展示会では、学校の体育館と同じ作りの床の上に縄跳びをする装置を展示していた。 まわすと実際に飛べる。

私の心に小学校の体育館を呼び起こす。

古い板に貼り付けたガラスの破片。

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夫々、観る人の感性に響けば良いと言う作品です。

画廊の外の庭には以前の作品が展示されていた。

波トタンの板に上から水を流し別の板に落とし一部は下の壷に落ちる。

造形と水音を見せる。

これとは別に彼女は“新重陽の節句”を担当しており一昨年は大阪城公園中の“豊国神社”でお祭りを実行し、昨年は“お初天神”、今年も多分10月10日(?)頃に“お初天神”で予定しているようです。 重陽の節句は本来99日ですが菊に早すぎ一ヶ月ずらして行う。 

また、源氏物語の会も主催しており目下、源氏絵巻を作成中(写真はぼやかしてあります)kiritsubo_bokashi

不思議な美術作家です。

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カテゴリーの変更

今までの記事はいい加減なカテゴリーを使って来ましたのでこれから整理して行きます。

先ず最初は:

自然大学での講義からの記事及び関連記事は

”自然大学”のカテゴリーに集約しました。

左のカテゴリー”自然大学”をクリックすると関連記事が集約されています。

それ以外は順次整頓してゆきます。

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August 13, 2005

淀川は今3

淀川河口

川合先生の説明は続く。

淀川の河口から上流10kmに淀川大堰があり、ここで上流の淀川の水の殆どが大川へ流れ堰から新淀川へ流れる水は殆ど無く従って塩分濃度の高い汽水域が広がる。

大阪の海岸線は殆ど全てがコンクリート護岸化され所謂海岸が無いが、考え方では淀川の河口から大堰までは大阪湾の一部とも言え、そこに残る水辺が生物の棲みかとなる。

だから意外に生き物が多い。

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かなりの種類の蟹が生息しており例えば黒色のモズクガニ(上海蟹と同系)やハクセンシオマネキまでいる。

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梅田の高層ビル街を背景にハクセンシオマネキが潮を招く姿は素晴らしいと思うし、その姿を何時までも保存して行かなければならない。

又、ここで取れるヤマトシジミは大型で味が良く“べっこうシジミ”のブランド名が付いて売られて居り、うなぎも高級素材として料理店に収めているそうです。

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August 08, 2005

私市(きさいち)

昨日の六甲自主トレに続き今日(8月7日)も手軽な自主トレで私市へ。

ここは非常に手軽に登れるし、ルートが殆ど樹木に覆われ日差しが遮られしかもこの日は涼しい風が吹いて居たから歩き易い。

くろんど池まで来るといつもガッカリするのであるが、先ず鼻を突くバーベキューの臭い。

もちろん、誰が何を食べても良いのだが、何故何処へいってもバーベキューなのだろう?

下りは草原広場から峰道を歩いて獅子窟寺へ下る途中の“八丈岩”で一休みしてコーヒーを飲もうと思ったがカンカン照りに耐え切れず日陰にはいって飲む。

kisaichi

ここからは生駒山が北側から見れ、その南の金剛山も望見できる。

獅子窟寺は役の行者が建立したと言われており、昔はかなり大きな寺域を持っていたようだ。

私市で見かけた蝉の背中が人面に見えました。

jinnmennsemi

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幽霊の足跡 パート2

幽霊の足跡パート2

4月29日に幽霊の足跡を書きました。

そして87日、愈々本物の足跡を見に行きました。

カンカン照りの中、大日から歩いて来迎寺へ行くと丁度、施餓鬼会を行っており、一見近所の中高年を主体に大勢の信徒さんが施餓鬼会に来られていた。

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その中で受付の人に“幽霊の足跡”を見に来たのですが、と言うと一人の初老の男性を紹介して戴き、429日のパンフレットとほぼ同じ説明をしてくれた。

ただ、その人は昔、この寺はかなり大きく威勢が良かったので江戸に出張して宣伝をした。

多分其の時に小網町の大工の妻、お石が来迎寺を知り、幽霊となって迷って居る時に、この来迎寺を思い出し江戸からここまで来たのであろう。(幽霊の歩く速度はどの位かなー)

足跡をよーく見た。 足の大きさは約20cm位で小さいがしかし思いもかけずにはっきりと布団のカバー(平織地)に映っている。 足の全指の形がくっきりと映っているのである。

写真を撮りたかったが丁重に断られた。

とに角本物の足跡を見る事が出来てよかった。 本当に幽霊の足跡か、あるいはこの話の真偽を確かめるつもりは毛頭無い。

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六甲トレ

山行きの体がここ半年で生ってしまったのでこの暑い中で自主トレをした。

ついでに山の初歩をする人がおればと思い会の掲示板に2-3日前に案内を入れておいたが反応は無し。 でも9時10分まで待った。(案内を出す煩わしさはこの編にあるが)

一人なので高座の滝から左に下り地獄谷に入る。 暑い今日は涼しい沢を登るに限る。

半年振りの自主トレなのに沢を登るのは少しキツイが涼しい。

chuou_taki

ほぼ中央の滝:高さ約6メーターを登るが手は自然に動いて岩をつかみスムースに登れる。

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次に好きな滝は赤滝:木が塞ぐように落ちており、木を潜って岩に着き滝の中の岩を掴み水を受けて登る。 ほんの一瞬のシャワークライミングといった所。

沢を抜けるとピラーロックではカンカン照りで日光の直撃。

風吹岩から、なかみち山へ行き、そこから谷へ下り高座の谷の源流沿いに下るとキャッスルウォール。

ここは10年程前に始めて岩登りの手ほどきを受けた場所で高度差約30メーターか。

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初めて頂上に辿り着いた時に膝が諤諤と震えていた事を思いだした。

カミナリが鳴り出したので早めの下山となった。 暑い日でした。

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August 02, 2005

表替え2

6月以前の記事のデザインは変わっていませんでした。

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表替え

少し変化をと思い切ってデザインを変えました。

以前の記事と幅が合わないのですが、多分新しい記事は合うと思います。

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