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June 13, 2005

鵜殿

小川先生(鵜殿ヨシ原研究所)の概略説明の後、雨が降りしきる中を淀川河川敷に降りて

実地講座が始まった。

鵜殿は紀貫之が土佐日記のなかに取り上げられている古い地名です。

suiro

吃驚したのは鵜殿の上流部で淀川の水を一秒間0.5トンポンプで汲み揚げ水路でアシ原に流してアシに水を供給している、つまりそうしないとアシが陸生植物に攻められて絶滅に向かう事を防いでいる。 こんな努力が成されているのである。

ヨシ原から対岸の樟葉方面を見ると、ヨシキリが鳴く。

yoshi_hara yoshikiri

“利根―えーえの”じゃなく“淀の、淀の河原でヨシキリのー”

nure_suzume suzume

通路に子スズメが雨に濡れて飛べない。

先生は手で包んで暖めてやり、元気を回復させ元の場所へもどす。

ヨシを水に近づける為に河川敷の掘り下げ試験が始まった。

horisage

上の黒い層がヨシの育成に必要な部分で約5-60cmの層になるのになんと1500年を要したとの事。吃驚ですね。

一見しただけでは到底解らない事を地道に観察し保護している人たちに感謝。

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Comments

鵜殿・・・土佐日記の中にも出てくるそうですが、紀貫之の時代には広々としたヨシ原が広がっていたのでしょうね。水路の写真からも連想されます。たった5-60センチの堆積させるのに1500年という膨大な時間がかかるとは・・・驚きです。もっと自然を大切にしなくてはいけませんね。こわすのは一瞬ですが、、再生させるのは大変な事です。
子スズメは防水機能とかまだあまり発達していないのでしょうか?良い事をされましたね。

Posted by: zucca | June 14, 2005 03:39 PM

zuccaさん
鵜殿では毎年2月にヨシ焼きがあり次のヨシ世代の環境を準備します。 ヨシ原は広大ですがヨシの根元は淀川の水位より8-10mほど上がってしまい水の補給が困難に成ったので水路を作ったようです。 何気無く見落としていた所の奥では地道で大変な作業をするグループが居るのですね。

Posted by: shima | June 15, 2005 01:38 AM

simaさま
しばらくぶりで鵜殿を拝見しました。感銘! 素晴らしい行程を
歩かれましたね。水琴窟の音色を思い出して、私の疲労頭を癒す
ことができました。これから、ゆるりと愛読させていただきます。
紫陽花の写真は圧巻です! ズッカさんはじめお友達のコメント
からも楽しませていただけて感謝、感謝! 皆さんなんと素敵な
装飾と文章と個性の方々なんでしょう!  ネコは恥じ入ります
            

Posted by: nekozizou | June 16, 2005 03:04 PM

nekozizouさん
お帰りなさい。
長い旅のようでしたね。
旅の話を是非書いてください。

Posted by: shima | June 16, 2005 08:43 PM

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