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April 2005

April 29, 2005

幽霊の足跡

幽霊には足が無いから足跡等ある訳は無い、ですよね。

先日(4月17日)の枚方までの行程で行こうとして行けなかった場所を見る為に

24日、再度行程をたどる。

その場所の一つが佐太にある来迎寺でここには“岩清水八幡曼荼羅図”(重要文化財)と鎌倉時代の石造十三重塔があるのでそれを観たかった。

鳥飼大橋を過ぎて直ぐに土手を降り1号線沿いから少し外れた幹線用水路沿いに歩くが少し方向が怪しくなり来迎寺への道を尋ねると丁寧に教えてくれた。 そして挨拶して歩き始めると「幽霊の足跡」やな、と呟いた。「なんですか」と聞くと「いや、なんでもない」

と。 ミステリーな感覚に襲われた。 足の無い幽霊の足跡?

佐太天満宮に通ずる国道1号線の出るとやけに警官が多い。  なんだろう?

遂に警官に聞いた。 「なにか有ったんですか」 「これから皇族が通るんです」 「ヘー、どなたですか」 「皇太子殿下です。 もう直ぐ通ると思います」 「それじゃーお迎えしなくては」 「それではあそこの佐太天満宮の場所のほうが良いですよ。 お迎えの人の多い所は車がユックリ走ってくれます」 それで大急ぎで天満宮へ急いだ。

待つ事およそ20分、交通遮断した1号線を皇太子殿下の乗った車がユックリ走行。

私はデジカメで殿下を写し直ぐに裸視出来たが、ふと周りを見るとほぼ6割の人達が携帯を殿下に向けている。 手を振って戴いた殿下の方から観ると、国民の顔より向けられた携帯電話の数の方が多い光景は異様に見えるに違い無い。

回りの人達は殿下の笑顔に喜んだが、しかしまた、多くの人達は“雅子様が居られないので心無し殿下の笑顔はさびしかった”と感じたようだ。

さて、愈々来迎寺に入ると玄関の真ん前に幹の半分が空洞で折れ曲がった、しかし見事に手入れされた松がある。

玄関で若い坊さんに聞いた。

「曼荼羅図を見せて欲しいのですが」 「すみません、今大阪の博物館で展示中です。 石塔は後ろを回ってもらったら御覧になれます」 「むー」

「あのー、幽霊の足跡を見たいのですが」 「いや、今は見れません。 8月7日だけ公開します」 「どうしてもダメですか?」 「ダメです」 「あのー、幽霊には足が無いのに何故足跡があるのですか」 「ああ、それではこれを読んで下さい」 そうって手渡しで貰った物の一部をスキャンしたのが添付の写真です。

yuureino_ashiato

更にその若い坊さんは、

「丸山応挙が幽霊をより怖く見せるために足を無くして描いて、その幽霊図が有名になり、それ以来、幽霊に足が無い事が一般化されましたが、それ以前の幽霊には足がありました」  ウヘー!!

と言う事で幽霊の足跡を見たい方は8月7日に来迎寺へ是非行って下さい。

来迎寺の住所は守口市佐太中町7丁目11-17です。

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April 26, 2005

窓の灯や

madonohiya_640 前回(4月17日)の歩きで、見落とした場所があり再度ほぼ同じルートを23日に歩いた。

佐太天満宮の蕪村の歌碑「窓の灯や 佐太はまだ寝ぬ 時雨かな」に就いて少し疑問が浮かんで来た。 私は素直に“時雨が降る中、ああ、佐太もまだ窓に灯が見える。 (下流の毛馬村もまだ灯が点いているだろうか)”と解釈していた。

しかし、ルートの終点、枚方宿の博物館「鍵屋」で非常に親切な観光協会の方と話したおり、その人は、

     もともと現在の佐太は佐太と言う地名では無かった。

     菅原道真は、自分の領土でもある現佐太で自分の処遇に対する“沙汰”を待って

    居たので後にこの地名を佐太とした。

     あの句は菅原道真の娘に懸けて唄ってる。 娘が道真に会いに佐太へ来たが

    合えなかったので、その思いを蕪村がこの句に読み込んだ。

それを聞いて、なんと深い句なのだなーと思った。

しかし、句碑の横にあった石碑(無意識に写真を撮っていた)にこんな事が書かれていた。

「蕪村が丹後から故郷毛馬村に帰る途中、時雨降る淀川の夜舟から見た佐太村の情景――」

枚方の叔父さんには悪いが、この方が蕪村が感じ取った情景を絵画的に唄い、私でもその景色が目に浮ぶ程、自然であると思った。

あれー、今度は石碑の説明に疑問が浮かぶ。 蕪村は毛馬村には帰らなかったはずなのに。

私は俳句も殆ど知らない、蕪村も何と無く好きなのに殆ど知らない、人間です。 御免!

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April 19, 2005

河川敷小火

大阪から京都へ:

          パート1:毛馬閘門から枚方公園駅まで。

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4月17日に毛馬閘門を9:10に出発して枚方公園駅まで約16kmを歩いた。

天気は最高。

淀川の河川敷や土手を7人でユックリと風に吹かれて風景を楽しみながら歩く事ができた。

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時節柄、水道橋の橋脚に“小中国”等と書いた中国に反対する落書きが目についた。

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城北公園の土手には“千人塚”があり昭和20年6月7日の空襲で数万人が死亡し、その内千数百の身元不明がおりその霊を慰める為に此の塚を建てたとの事。

鳥飼大橋を過ぎて暫くすると土手から降りて国道1号線を渡り“佐太天満宮”に立ち寄り大阪みどり100撰の森で昼食を摂らせてもらった。

この境内には蕪村の“窓の灯の 佐太はまだ寝ぬ 時雨かな”の句碑がある。

河川敷小火:

淀川新橋を過ぎて約500メーター程上流で火事に出会った。

煙が出て枯れ草が燃え小火が見える。 はじめは近くで運動をしている誰かが火を焚いたのだろうと思った。 しかし誰も気に留めない。  気になる。  火域が横に5-6メーター程に広がり何も手に無い我々には消火はできない。

思い切って119番を回す。

kaji

「消防ですが救急ですか、火事ですか」  「火事です、と言うか河川敷の枯れ草等が幅5-6メーターの大きさで燃えて我々の手では消せません」 

「場所ですが、枚方と寝屋川のどちらしょうか?」 「それは! どちらか解りません。淀川新橋から上流約500メーター位の河川敷です」 「すみません、携帯の番号と名前を教えて下さい」 それで、教えた。 「我々はハイキング中なので移動しますが良いですか」 「いいですよ。どうぞ」

それで上流に向かった。  

すると携帯が鳴った。 「高槻の消防署ですが、先程の火事の件ですが場所は高槻側ですか? 枚方・寝屋川側ですか、 あちらの方には火事の通報あったようです」

「えー! 高槻ですか。 場所は枚方側です。 いや先程、私はてっきり枚方消防署と話したと思ってました。 私の説明が悪かったのかな」 「いやー、こちらの対応も悪くて。 でも通報有難う御座いました」

暫くすると消防車が3台ほど到着したようだ。

*教訓:

●河川敷での現在位置の認識と説明の難しさ

●携帯は何処に行くのか解らない

枚方大橋のトンネルを潜ると枚方宿の入り口で水面回廊が築かれている。

所々に古い家屋が残っているが新しい家によって全体の雰囲気が壊れている。

惜しいな。

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April 14, 2005

今日の通り抜け

丁度天気もよく大勢の花見客と豪華な花を楽しんだ。

何時見ても華麗な花に心が躍る

sany0093_ これは今年の花”紅華”(こうか)

sany0100_640 sany0118_640  全て今日の通り抜けの桜達です         sany0122_          

毛馬閘門近くの土手を背景に。

sany0125_

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April 12, 2005

花見と自然観察

今年の花見は:

一回目:8日午後の毛馬桜の宮。これは

下見であるが桜を良く見れた。

二回目:そして8日の夜は友人達と谷六近

くの銅座公園で夜桜の宴。

日没になると気温が下がり風が強くなりやがて皆が震え出す。

焼酎をお湯割りにして飲んでも大した効果も無く、ついに諦めて近所の居酒屋へとびこむ。

だからユックリ桜を賞味する時間も無かった。

三回目:9日、自然大学で万博公園の中で植物の同定修行をおこなう。

公園の中の桜は沢山見事に咲いている。

花見客も大勢だ。

taiyouno_tou 太陽の塔と桜花の組み合わせが

絵になる。

自然大学では菅井先生が桜の事をどれだけ知ってますかと質問。

桜には染井吉野と山桜があり。 

はなびらは5弁。 その位か?

良く知っていると思っていた桜を実は何も知らなかった。

最も身近にある野菜にしても、実際に側根の場所に楊枝を挿して観ると

ゴボウや大根の側根は180度に展開する。

ニンジンは90度に展開する。

サツマイモは72度に展開する。

ウワー、今まで何を見てきのだろう。 

物を見る目には、

     “観の目”もあれば“見の目”もある。

      観の目は物の生命を洞察し、見の目は物の

             皮相に触れるに留まる。

      宮本武蔵

ダ・ビンチの言葉にこんな言葉があるそうだ:

ダメな画家は画家に学ぶ、良い画家は自然に学ぶ。

自分は今まで何を観て生きて来たのであろうか?

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April 08, 2005

毛馬桜の宮

kema_sakura_2 今日の午後、毛馬桜の宮へゆくと桜はほぼ満開。

明日、明後日は大勢が楽しめる。

大川の畔は桜一色になりました。

kema_sakura_3 今日は曇りでしたが多分明日は川面に映る桜も冴えて

輝く予感がします。

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April 04, 2005

三郎ヶ岳

saburougadake
4月2日に亀岡の三郎ヶ岳に仲間と登った。
前日に参加する事にしたから、始めからいい加減であった。
松尾神社の横から取り付き、約30分で稜線のコブに出てトレースが無くなる。
どうも間違ったようだと言う事で引き返し別のコブを目指すも間違いと気付き、元に戻る。
結局、元のコブを掠めて前進し、トレースらしき跡に入り、やがて本道に入る。
高度は約300メーター程で少し移動して藪を透かして見ると下の道路等が直ぐに見えるから心配は要らない。
しかし、こんな状態で南北を間違える等、恥ずかしい。
低山を舐めたら怖い事は良く知っていながら、前もって少なくとも地図上でのトレースの確認や地形を頭に入れて置かなかった事の反動だ。
今回のルートは別の人がリーダーで有ったが、私がもう少し事前勉強しておればと、悔やまれる。

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自然大学

昨日、長居公園の博物館で自然大学の開講式があった。
これから1年間一緒に学ぶ仲間の班が構成された。
期待があり、また、少しの緊張感もある。
ひょっとしたら、この緊張感が大切かも知れない。

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