November 20, 2014

大辺路第一歩 新宮 10242014

大辺路第一歩 新宮 10242014

10月24日の午後遅く新宮に到着後、先ずは神倉神社に行く。

麓で杖を借りて石段を登る。最初の1/4位が傾斜が一番きつくそれを過ぎると

なんとか行けます。

勘定すると約450段を数えた。(数え方は人に依って違う)

本尊の大きな石が覆いかぶさるようにセリ出ている。

そしてその石の前から海を臨む。

心が広がった。

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November 17, 2014

大津祭り 10122014

大津祭り 10122014

 

10月6日晩の鶴瓶の家族に乾杯で鶴瓶が大津の山車を見ていた。

それで直ぐに大津の友人に電話。

なぜ今まで大津祭りのことを案内してくれなかったか、と。

彼も鶴瓶を見ていたので直ぐに反応し12日の昼から大津に行く事になった。

当日は台風19号が接近中であったが12日はOKであろうと予想した。

 

妻と一緒に大津駅で友人夫妻の出迎えを受け祭りに入った。

なんと13台の曳山(ひきやま)が休憩中であった。

その一つの曳山には1650年ころからあると言うベルギーのゴブラン織りタペストリーが飾られていた。 このタペストリーは「重要文化財」と言う事だ。

京都の祇園祭ははるかに大きい山車と絢爛豪華さがある。しかしあの大観衆を見るととても出掛ける気にはならない。 しかしこの大津祭りは曳山に触れられる位に接近でき非常に身近な祭りです。

http://youtu.be/dS9pGx05VLA

曳山の前輪は一輪で曲がる時は4-5人で持ち上げるようにして曳山を簡単に曲げられる、だから多分一台を3-40人位の引き子で曳航できる。 各曳山にはそれぞれカラクリが施され楽しませてくれます。

 

祭りを終えて京阪の浜大津から皇子山へゆき焼き鳥屋で楽しく飲み食いした。

帰りは、近くのJR湖西線大津京駅から京都へ。 京都からは新快速で大阪に帰ってきた。

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November 06, 2014

前立山からの眺望動画

最近海抜2500mの山に登った事が無く、感激しました。

youtubeに動画をアップしました。下記クリックしてください。

http://youtu.be/A0xHlnUo4QI

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November 04, 2014

杉原千畝 浅間山エピソード 20141005

杉原千畝 浅間山エピソード 20141005

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この写真はWikipediaから拝借しました。

 

小諸からの帰りルートは、しなの鉄道で篠ノ井に出て、“しなの”の特急自由席を利用。

焼酎水割りの小缶を飲み松本に着くころはほぼ眠り。

塩尻を出て暫くすると隣に誰か座った。

外国人だ。30歳位。

何処から来たの?と聞くとイスラエル。 観光で回っている。通路を隔てた隣に座っている女性と一緒に来た。 昨日は奥穂高に登ったと、デジカメの写真を見せる。奥穂山荘では一つのフトンに3人詰め込まれ、寝るのに苦労した。 色々質問が飛び出した。

日本の自然に興味がある。 特に自分の国と比べると大違いだ。

神道とは? 

自分流の考えを話した。

「日本では昔から自然起因の災害が起こる。ここで生きるには日本人はこの島の中で自然と時に対峙し、また大いに自然の恩恵を受けており、お互いに協調して行かざるを得ない。ここには自然を対象とする神が沢山いる。 結局日本人は自然と協調しなくては生きて行けない」

「イスラエルもアラブも緑が殆ど無く非常に厳しい環境で生きてきたよね。

だから信ずる宗教は絶体神で他を許さない。だからイスラエルやアラブでは人と人とは協調せず対立し生きて行くのかな、と思う」と言ったら 彼も無言ながら頷いていた。

多治見で降りると言うので何故と聞くと、杉原千畝記念館にゆくと言う。

自分の祖父は千畝から通過ビザにサインをもらい、そのお蔭で日本に来る事ができアメリカに行き命を長らえた。だから行きたいと。

千畝は日本に帰国して冷遇された。 かれはそれも知っていた。

なにか周りの人と違う事をすると、その正しい評価は大変な時間が過ぎた後しか出来ない物なのだ、とお互いに納得。

今日はこれから感傷的になるねというと、そうだと言った。

かれは絶えずスマホを見て居る。

「そう、スマホが有るから日本での旅を問題無く出来る。なければ殆ど無理だ」

「そのスマホを無くしたら何もできないよな」と言うと、そうだ。

「でもその為にパートナーのスマホに自分の情報をコピーしてある」

 

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October 31, 2014

浅間山 20141004

浅間山山荘の海抜は1400m。そこを出発して前掛山山頂2524mまで高度差が1124m。 70過ぎの私には堪える高度差だ。

一か月程前に仲間にさそわれ簡単に行くよといった。

9月27日の御嶽山噴火は衝撃!

沢山の登山者達が犠牲になった。

その時、山頂では命を懸けた決断が沢山あったのだ。合掌。

大阪を電車で出発したのは10月3日。

不思議と御嶽の噴火が私の、或いはグループの他の4人とも、浅間山行きを止めようと言う考えにはならなかった。

周りの人たちは私が浅間にゆくと言うと「なぜ今?」という。

では、何時なら良いかと問うと誰も答えない。

不動滝から二の鳥居を過ぎて山の稜線上部に御嶽山と噴煙らしものが見えた。

心で合掌。

火山館の手前のカモシカ平でカモシカが左手の岩のうえでポーズを取ってこちらを向いていた。

賽の河原口分岐上が森林限界で愈々前掛山の稜線登りに取りつく。

滑りやすい細かい砂の上に大きな石が配置され歩きにくくしかも登り傾斜はキツイ。 漸く前掛山頂部稜線に着いたところに、浅間山進入禁止の立札がある。

傍に新旧一つずつのカマボコ型シェルターがある。 御嶽の噴石飛翔の動画を見るとあのような噴石の飛び方だとこのカマボコ型はヤバイと思った。

そして前掛山山頂を目指し歩き出す。左側には浅間山の山頂と火口が少し見えた。

山頂は高度感がある。苦労して登ったので久しぶりに感動を覚えた。

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October 30, 2014

奇跡の二日間

奇跡の二日間

4月27,28日に発心門から熊野本宮を歩き、これで大阪の八軒屋址を出発した熊野古道歩きが完成した。

その時、次の行程として、小雲取、大雲取越えを6月14、15日にやろうと決めた。この時誰も梅雨の最中で、しかも多雨の熊野山地をこの時期に歩く危険性を考えて居なかった。ちょっと常識外れの計画であった。

613日の昼過ぎに大阪駅を出て電車を乗り継ぎ、紀伊田辺でバスにのって約2時間掛けて請川の宿に到着。

一日目・小雲取越

14日は5時45分に宿を出て登り口へ向かう。

当然私たちが最初のグループと思っていたが、なんと男女二人が先行して登って行く姿が有った。 あとで追いついて聞くと、このカップルは田辺の人たちで、この朝、車で請川に来てのぼり百閒嵓あたりまで行き、そこで引き返すと言う。

前半は林間越に熊野川が見え景色を楽しめた。

百閒嵓は流石に高度感が有って見通しがよい。

この辺りから時々ササユリに出会う。

やがて中間地点の小口の集落が高度感を持って見えてきた。ここからはかなりの急坂を下る。

この日、このルートで出会ったのは4-5人!

 

二日目・大雲取越

今日は那智勝浦から大阪へ行く今日最後の特急に帰る予定なので、4時半に宿を出発。 流石に最初の1-2時間は体が鈍い。

楠の久保旅籠跡を過ぎ越前峠に向かう“胴切阪”は最高に苦労した登り坂。

途中、同行者が提供してくれたグレープフルーツの一切れが命を救ってくれたように活力を補充してくれた。

一部舗装された林道を歩き、“亡者の出会い”等と言う場所を通過して、ついに熊野那智大社に到着。一時五十分であった。

この日なんと対向者には誰も出会わなかった!!

私は那智大滝の滝壺ちかくまで行き滝の迫力ある威力に接した。

バスで那智勝浦駅へゆき、無事に特急に乗車。

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WOOLHORSE 再び  10212014

WOOLHORSE 再び  10212014

 

2年半ほど前にある講座に参加し、そこの編集委員になった。

その為にこのブログに投稿するキャパシティーが低下してほぼ休止状態になってしまった。

漸く意欲が再起動して再びこのブログを継続します。

最初は6月に歩いた熊野本宮から熊野那智大社へ行った小雲取り越えと大雲取り越えから始め、最近の記事まで出来るだけ早くアップします。

本来、21日に再始動する予定でデザイン変更をしたのですが何回トライしてもダメでした。 所が今日このブログを開くとヘッドの写真が入れ替わっていましたので本日から記事をアップして行きます。

よろしくお願いします。

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June 04, 2013

防鳥ネット 06042013

ビワの木に防鳥ネットを張ったのは一昨年が6月4,5日、昨年は5月30日そして今年は昨日友人の子息が来てくれてネットを張りました。

もう10年程前に購入したロッククライミングの道具が一年で一回活躍する日です。 窓やベランダから体をせり出し作業する為の必需品。

今年のビワの実は小粒。 でも最初の試食では少し酸っぱさがありますが甘く味があります。

場所によって熟し方が違いますがここ一週間以内に完熟する事でしょう。

 

 

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May 09, 2013

東北の旅4 04272013

朝からバスは南下し北上展勝地へ。

北上川を渡って河原に展開する桜並木です。

ここで漸く桜らしい桜に会えました。

古木の多い桜並木は天気がよければ素晴らしい所だろうと思います。

並木を道産子のような大型農耕馬が馬車を曳いています。

最近、このような馬車に乗っている人たちが動物虐待者に見えてきました。

“雨、桜、猿まわし”をご覧ください。

 

 

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東北の旅3 弘前 04262013

ツアーのもう一つの目玉である弘前は午後遅く到着し夜桜見物となっている。

残念! ここも蕾はまだ固い。

花見ツアーの問題点は人間の開花予想など全く無視した自然の力。

城を一周した所で花見の宴を閉じた地元のグループと話をした。 大阪から来たのに残念!と言うと、それはご苦労さん、これを飲んでと缶ビールを手渡たされた。 その一人の弘前在住メンバーと話をした。 日本最古のソメイヨシノをどの様に見るか、石田光成の子供を津軽藩は預かった、など津軽藩の自慢を聞きました。

 

 

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東北の旅2 04262013

田沢湖の宿から出て南下した最初の訪問地は刺巻湿原。 雨の中、木道を歩いたが、私が今まで見てきた水芭蕉の生息地では最大。 圧倒的な数に息もつまりそうである。

角館

初めての訪問地。 残念ながら雨降りでしかも桜は全く咲いていない。

武家屋敷の通りは広い。 町が設計されている。

入場料を支払って青柳家を見学した。

400年続いた家のようで上流武家のようですが藩からの給与でこのような家屋敷を持続出来た事が不思議です。 ほかの収入源が有ったのだろうか?

展示されている江戸末期から明治初めの写真や収集された時計、カメラを見るとかなり稀少で珍しい物が置かれています。財力があった事は確かでしょうね。

雨で残念でしたがこの町の佇まいには引き付けられました。

是非、もう一度訪れたい町です。

 

五所川原から芦野公園へ

JR五所川原駅と津軽鉄道の駅は隣接せれている。

駅中は非常にレトロな感じです。 普段は1両ですが団体客によっては今回のように3両編成にもなるのです。

津軽半島の先端に向かうこの沿線付近は海まで平野が広がります。

芦野公園も桜は全く咲いていません!

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May 06, 2013

東北の旅 04252013

仙台行きの飛行機から富士山が見えた。 どこから見ても富士山はカッコイイ山です。

八ヶ岳、南アルプスと富士山が一枚の写真に撮れました。

更に仙台に近くなったころ、彼方の海岸線に見たような建造物が見えた。 ひょっとしたら福島第二原発かと思った。 (家に帰ってグーグル地図で調べると東北電力原町火力発電所でした) 多分福島第二とこの飛行機ルートは7-80kmの距離でそんない遠方では無いと実感する。

最初の訪問地は中尊寺。

金色堂は相変わらず混雑しており人垣の後ろから見るしかない。

それでも金色に輝く仏像群は素晴らしく迫力があります。

下って右側に弁慶の墓がある。今回初めて訪問する。

盛岡の石割桜

文字通り大きな石を真っ二つに割って広大に枝を広げる見事な桜ですね。

 

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May 02, 2013

旧閑谷学校 04112013

江戸時代、岡山藩主池田光政によって開設された学校で武士の子弟だけでなく庶民の子供も受け入れたそうです。

ここは非常に手入れが良く行き届いており気持ちの良い場所です。

対の階の木を配した孔子廟。

丁度高校生一行が来ていて講堂には入れなかったがピカピカに磨かれている床があるようです。

学校の正面には上面が丸くなった石塀がある。

いずれ、再度訪問したい場所です。

あいうえ論語という小誌を購入。

“巧言令色、鮮なし仁”

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April 30, 2013

吹屋を訪ねる 04102013

岡山の山奥、こんな所にと思う山奥に吹屋の街並みがありました。

昔、ここ吹屋はベンガラの生産、販売業で財をなした地である。

不思議な事にそのベンガラの存在感がありません。

店ではベンガラ染の生地等がありましたがこの吹屋で作っている雰囲気が無い。

ベンガラの赤を一袋購入したので布を染めてみようと思う。

但しこのベンガラはここで生産された物では無く、では何処で作った物ですかと聞いたが知らないようです。

少し離れた場所には旧広兼邸があり、昔、八墓村の撮影に使われたそうですが家主はここに住まず多分村の僅かな予算で細々と維持されているようです。

昔は城壁としても使われたようで、家に入る門は迫力があります。

庭から見渡す景色は城主の気分。

 

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April 05, 2013

花盛り 04052013

今、我が家の小さな庭は花盛りです。

さくらんぼの実も成長しています。

若いサンショの葉もきれいな緑を見せてくれます。

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