November 16, 2008

箕面の紅葉

紅葉の時期の箕面は始めてである。

何時でも行ける近い所だから、と思っていたのです。

紅葉はまだ1-2週間早いのかも知れない。

天気は曇りで太陽が無いから少し燃えていても色がくすんでいる。

しかしこの曇り空でも多色の色が山一面に広がっている。

落ち着いた色模様です。

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昨日は平地をほぼ14km歩き、今日の行程はたいした事は無いと思っていたが、後半になると流石に昨日から残った疲れが加わる。

新たな付き合いの始まりだから、この位の疲れは何でもない。

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November 11, 2008

再び大阪―京都 パート3

京阪八幡市駅を9:10に出発したパート3は今回も小雨に見舞われた。

先ずは三川合流(北から桂川、宇治川、そして木津川)の真ん中に背割堤がある。   ここは春の桜の名所です。

淀城跡と淀競馬場の横、宇治川の堤を歩き、雨を避けて国道橋の下で昼食。

そして伏見港に到着。

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大阪の八軒屋を出発した上りの三十石船の船旅は伏見港で終わる。

私達の歩きも大阪からほぼ三十石船の経路に沿ってきた。

伏見港は昔の雰囲気を伝えるように新たに作ったようです。

この港から壕川沿いに伏見の街へ向かう歩きが今回のハイライトです。

この壕川は疎水が注ぎ込み途中で宇治の観月橋下流から取り入れた宇治川の流れと合流する。 大きな名称では京都疎水は伏見港で宇治川と合流して終わる。

河畔の道は近所の住民が自分の趣味で花が植えられ目を楽しませてくれます。

今回初めて見る事が出来た河畔の柳は更に壕川の風情を高め、改めてこの風情の中を歩けた事は幸せです。

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寺田屋に立ち寄った後、月桂冠大倉記念館に入り昔の酒作り行程に使われた道具類の展示を見、昔の宣伝ポスター、そう、今でも有りそうで無い図柄のポスターをみました。 このポスターは昭和8年に作られましが当局から許可されず幻のポスターになりました。

この女性の横に、“絶対に防腐剤を含ます”と書いて有りますね。

雨にも係らず順調な歩きが出来ました。

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November 08, 2008

続大阪から京都 パート2 飛行神社編

予想外だが岩清水八幡から八幡の町に下り駅に行く途中に、この飛行神社がありました。

この神社は明治24年、二宮忠八が航空受難者の霊の為に崇め祀ったとの事。

この神社の縁起略記をお読み下さい。

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二宮忠八の飛行機設計図はライト兄弟初飛行より16年前に出来上がっており、陸軍に製造を提案したが受け入れられなかったそうです。

正面にはF4ジェット戦闘機のエンジンが展示され、更に昭和53年、大阪湾で漁師の網に引っかかり見つかった零戦の機首に曲がった3本のプロペラが付いたまま展示されていた。  

この零戦の機首の前に立った時に思わず心が振るえました。

この零戦のパイロットは何を考え海に突っ込んでいったのだろうか。

百数年前に建てられた神社ですが今は世界の航空事故による遭難者の霊を祭る招魂神社ですね。

名前は聞いていましたが珍しい神社でした。

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November 03, 2008

ガラスの源氏物語

111日の午後、私市での自然観察実習から急いで天王寺に向かう。 そして一心寺の写経堂に着いたのが3時半頃。

植村佳菜子さんの“ガラスの源氏物語”展で今日一日だけ。

絵皿のベースは山村ガラスの工房で一枚ずつ手作りする。 その時、絵の背景色は40グラムの色ガラスを直径約35cmの皿面全体に均一に広げて裏側とする。(背景色は通常表側だそうです)

こうして出来た皿に植村さんが源氏絵巻54帖の絵付けをして焼付け、出来上がった作品が並んでいる。

皿の表にえがかれた絵と皿の後ろから背景色の上に描かれた絵は皿の厚み、多分8-10mmを通して重なり絵に深みがあります。 更に厚みが有るから見る角度を変えると絵が微妙に変化する。  私の頭の中では光源の角度を変化させたり、動かす、また光の色を変化させたりすると、どうなるだろうと想像力をかき立てる。

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この日の朝日新聞の朝刊に記事がでていたので、それを見て急遽訪れた人も多く、閉館の午後4時ではおさまりそうも無かったと思います。

植村さんは既に源氏絵巻54帖を紙に書き上げているが今回の絵は皿の円形に合わせ新たに3年かけて描き焼き上げたそうです。そして1000年紀に間に合わせた。

彼女は手作りの七夕祭りや新重陽の節句等ユニークな活動を主催していたが、ここ1-2年、それらの活動を止めたので寂しく非常に残念に思っていた。

しかし、このガラスの源氏物語を見て、新しい、素晴らしい可能性を見つけたのだなーと感じ、益々発展して欲しいと思います。

下記のページには以前植村さんの書いた源氏絵が有ります。

http://bentenmok41.air-nifty.com/woolhorse/2005/08/post_44fe.html

歴史的に文化的に芸術的に重要な物語と思ってはいますが、私自身はまだ源氏物語を読んだ事が無く、そしてまだ読もうとも思わないのです。

しかし部分的にその着ている着物の形や色の表現には興味があります。

だから6月に相国寺で見た源氏錦織絵巻を見、その織物の技術力に魅了されました。

下記のページには相国寺承天閣美術館での印象:

http://bentenmok41.air-nifty.com/woolhorse/2008/06/post_ee3c.html

*写真撮影とこのブログへの掲載は植村さんの了解を得ています。

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